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【プイ語】第1回~プイ族とプイ語~

2018-08-27

日本語で読むとなんとなくかわいい名称の「プイ族」は中国の少数民族の1つです。現在の人口は287万人で(2010年人口センサス)、そのうちの97%が貴州省内、特に北盤江と南盤江の流域および紅水河流域の北岸、つまり省の南部・中部・南西部に多く暮らしています。プイ族は基本的にはもともと貴州省に土着の民族であるとされており、貴州省以外では雲南省や四川省、さらにベトナムにもわずかながらプイ族がいるとされています。その集落は多くの場合、漢語で「依山傍水」と表現される谷間の川筋の、比較的肥沃で気候も温暖な農耕に適した平地に広がっています。伝統的にプイ族は農耕民族であり、水稲やトウモロコシ、小麦を主として、アワやコーリャン、貴州省南部ではサトウキビなども栽培しています。とはいえ歴史的に漢族との交流も深く、都会で漢族と同じように暮らしている人もたくさんいます。

 

プイ族は人口で言えばリトアニアの人口と同じぐらいの規模であり、公式には55ある(ことになっている)中国の少数民族のなかでも10番目に多い民族なのですが、貴州省ともども日本ではあまり知られていません。そこでこれから4回にわたって、プイ語とともにプイ族の文化についてもお伝えしていきます。

 

貴州省望謨県にあるプイ族の村。2006年5月撮影

 

プイ語について

今回は特にプイ族固有の言語であるプイ語に焦点をあてていきます。プイ語は言語系統としてはタイ・カダイ語族カム・タイ語派の北タイ語系統に分類されています。つまり、大雑把に言えばタイ語の仲間です。ちなみに筆者のプイ語の先生は、タイを訪れたときに半分ぐらいタイ語を聞き取れたそうです。プイ語は比較的地域差の少ない言語とされていますが、主に発音の違いを基準にして「第一土語区(黔南土語区)」「第二土語区(黔中土語区)」「第三土語区(黔西土語区)」の3つに大別されています。

 

プイ語は孤立語で語の形が変化せず、語順と助詞が文法上重要な働きをします。語順は基本的に英語や漢語と同じSVO(主語―動詞―目的語)で、例外はいろいろとありますが、だいたいにおいて形容詞(句)や副詞(句)といった修飾要素が被修飾要素の後ろに置かれます。例えば、「高い山」は「bol saangl(山・高い)」「とても長い」は「raiz dazraaix(長い・とても)」、「私の兄は茶を飲む」は「Bix gul ndodt xaz(兄・私・飲む・茶)」と表現します。

 

発音については、プイ語の音節は基本的に子音―母音(および末子音)で出来ています。音節頭の子音は32種類、単母音は6種類、末子音は「ン」に当たるものが3種類と「ッ」に当たるものが3種類あります。このほか母音には長短の区別があったり、喉をしめる子音があったり(発音の最初に「ッ」を入れる感じになります)して、日本語に比べてかなり複雑な発音になっています。さらに声調も8つ(6つの普通の声調と、2つの促音に当たる声調)があって複雑です。もともとプイ語には漢語にある有気音(息を出す)と無気音(息を出さない)の区別はないのですが、プイ語には大量の漢語からの借用語があって、そこではこの区別が現れます。

 

食事前の家族。女性はプイ族の伝統的な服装をしている。2010年2月貴州省望謨県にて撮影

 

プイ語の文字について

上で例に引いたプイ語表記はアルファベットを用いたものです。このアルファベットによる文字は他の多くの少数民族言語の文字と同様、中華人民共和国成立後に政府主導で制定されたものです。それ以前には、ほとんどのプイ族にとってプイ語を表わす文字はありませんでした。ただ、宗教儀礼を司る宗教職能者(シャーマン)の多くはそれぞれが考案した「プイ文字」を用いて、自分の唱えるべき「摩経」と呼ばれる祭文を忘れないように記録していました。

 

プイ文字には大きく分けて(1)六盤水一帯(第三土語区)で使われる比較的抽象的な記号、(2)威寧や雲南省寧蒗県一帯(第三土語区)で使用される、自ら創作した表意文字と一部漢字を使用した文字、(3)漢字の一部を組み合わせて作った文字の三種類があります。(1)は宣教師のポラードが1909年にミャオ語を記述するために作った文字に由来すると考えられています。使用される地域は(3)が一番広く、貴州省南部の紅水河流域各地でよく使われています。(3)は例えば漢語で「ナー」と発音する「那」と、田んぼを意味する「田」を組み合わせてプイ語の「田んぼ(ナー)」を表わすなど、漢語の知識をうまく用いた文字です。こうした文字がいつ頃から使われるようになったのかは不明ですが、摩経の内容からもしかすると一番早くて唐代から使われ、漢族の文化が浸透してきた明清代に広まっていったのではないかと推測されています。とはいえ、プイ文字についてはまだまだ不明な点が多く、今後の研究が待たれます。

 

タイプ(3)の摩経。2010年貴州省望謨県にて撮影

 

アルファベットを用いた表記法はこれとは異なり、中国共産党が行なった民族政策の一環として1956年に開始されたプロジェクトで作られたものです。文化大革命による中断を挟みながら調査・文字の策定および改訂が行なわれ、1985年に望謨県の中心地である復興鎮の発音を基準に定めた表記法が最終的に採用されました。この表記法では上述の音節をアルファベットで表記した後ろに、声調を表わす文字(n、z、c、x、h、tおよび漢語借用語に用いるy、f、j、q)をつけ加えることで発音を表わします。ただ教育はほぼ漢語で行なわれ、仕事の上でも漢語ができるほうが有利であるため、今でもこの表記法はほとんど普及していません。結局はごく少数の知識人や、筆者のようなプイ語学習者の間でしか用いられないままであり、今後も広まる見込みは薄そうです。

 

京都大学 梶丸岳

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

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