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【プイ語】第3回~プイ族の歌文化

2018-10-31

プイ族の文化

プイ族には興味深いさまざまな文化があります。料理はほどよく辛くておいしいですし、服装についてもミャオ族に比べるとかなり地味ではありますが趣があって私は好きです。伝統的にプイ族は青色を好みますが、現在は他にも(基本的には青系統ながら)いろいろな色の服があり、女性は民族衣装を盛装として着ることが多いです。いっぽう、男性はほとんど民族衣装を着ることはなく、盛装でも漢族と同じく洋服を着ることが多いようです。

 

1.恵水県で歌ってもらうために村の女性に集まってもらった場面。ビデオで撮ると聞いて、普段着から民族衣装に着替えている。2004年撮影。

 

プイ族の掛け合い歌

プイ族の文化はどこを取っても面白いですが、筆者が研究してきたのは歌文化、なかでも掛け合い歌「山歌」の文化です。「山歌」は中国語で「山で歌われる民謡」といった意味の言葉ですが、貴州省では「山歌」というと多くの場合掛け合い歌を指します(「対歌」という、まさに「掛け合い歌」を意味する言葉があるのですが、日常的にはあまり使われていません)。

 

『布依族文化研究』(韋啓光ほか著)によると明代には青年男女の出会いにおいて歌の掛け合いが行なわれていたという記録があり、清代にもプイ族の青年男女がグループを作って歌の掛け合いをしていたことがわかっています。プイ族に限らず雲南省から貴州省、広西チワン族自治区にかけて多くの少数民族は歌の掛け合いをしますが、山に登って男女が歌の掛け合いをするというその様子が、風土記などに記された古代日本の「歌垣」に似ているということで、かつて照葉樹林文化論においてこの地域の掛け合い歌が「歌垣の起源」として注目されたこともあります(現在こうした起源論はおおむね否定されています)。

 

掛け合い歌は一定の旋律に即興で歌詞を付けて歌を掛け合う、歌による会話のような芸能です。照葉樹林文化論で注目されたのはチベットから西南中国にかけての地域のものですが、実際には世界各地にあります。歌詞の作り方は地域によってまちまちですが、貴州省で歌われるものは基本的に大量の定型句を覚え、それを場面に応じて一部変えながら出すという、「即興」というより「編集」と呼んだほうが近そうな方法で歌われています。ただ、時折完全に即興の歌詞が出てくることもあります。

 

山歌には地名や言語名によっていろいろと分類があり、言語分類ですとプイ語で歌うものを「プイ歌」、中国語(貴州方言)で歌うものを「漢歌」と言います。漢歌は地域によって旋律はまちまちであるものの、七言絶句を二回繰り返す(ほぼ同じ文句だが行末の押韻だけ変える)という歌詞の形式はどこでも同じです。ただ、不思議なことに他地域の旋律で歌われた歌詞は聞き取れないようで、基本的に人々は自分の慣れ親しんだ地域の旋律で歌われた掛け合いだけを聞きます。掛け合い歌は延々と同じ旋律が繰り返されるので、歌詞がわからないとただの意味不明な読経のように聞こえてしまいます。歌ではありますが、音楽としてというより言葉の技芸として楽しまれるものなのです。

 

2. 羅甸県で春節に開かれたステージで掛け合う歌い手と、楽しむ聴衆。2008年撮影。

 

プイ歌(少なくとも羅甸県のもの)の場合は定型句と旋律が結びついているようで、歌詞の長さはかなりまちまちなのですが、同じ文句が何度も使われるために、聞いている印象としては漢歌と同じく「同じ歌が何度も繰り返されている」ように聞こえます。私が主に調査したのは羅甸県のプイ歌で、ここの掛け合いは一方が20~30分も歌い続け、それに対する応答がまた20~30分もあるという、とてつもなく長い掛け合いが行われます。いっぽう貴陽市あたりではもともと漢歌と同じような形式の短い掛け合いが行なわれていたようです。ただ、貴陽市は漢族化が進んでいてプイ語を使える人がかなりの高齢者に限られており、今はほとんどプイ語の掛け合いは聞かれません。

 

ちなみに、プイ歌については興味深い映像が残っています。日本ビクターと中国民族音像出版社が1990年代に企画・制作した『天地楽舞―音と映像による中国五十五少数民族民間伝統芸能体系』というビデオシリーズ「西南編」15巻(1997年出版、撮影は1995年)には羅甸県で撮影された「竹筒歌」という、竹を使った糸電話で若い男女が恥ずかしげに歌を掛け合う様子も収録されているのです。私は残念ながらこれを生で見たことがありませんが、山歌には普通に歌を掛け合う以外の方法もあったようです。

 

さて、かつては男女の出会いで活躍したとされる山歌ですが、私が調査した2000年代後半になると、若者にはほとんど人気がないようでした。これには社会が変わって若者が地元からどんどんと離れるようになったことや、テレビなどでポップスなどが大量に流れるようになったことによるようです。山歌は現在むしろ中高年の娯楽となっており、春節のイベントに歌い手を呼んだり、コンテストが開かれたりしています(写真2もその一コマです)。また山歌のVCDが廉価で市場で売られており、好きな人は大量に持っていて家でかけて楽しんでいました。売られているVCDの多くはイベントで歌われているのを零細業者が撮影したもので、おそらく自宅のPCで編集しVCDに焼いたものだと思われます。

 

3. 海賊版映画と並んで山歌のVCDが並べられている。2006年羅甸県にて撮影。

 

プイ族の歌では掛け合い歌以外にも、プイ族文化を象徴する歌として「好花紅」が有名です。「綺麗な赤い花よ、綺麗な赤い花、綺麗なイザヨイバラの花が咲いています」と歌うこの歌は1957年に北京で開かれた「全国民間音楽舞踏会演」という大会でプイ族の民謡として歌われたもので、現在はプイ族文化を代表する歌とみなされ、この歌がもともと歌われていた恵水県には歌にちなんで「毛家苑郷」から「好花紅郷」と改名した行政区分もあります。現在しばしば合唱で歌われるこの歌も、もともとは掛け合いの歌でした。歌の掛け合いは次々と歌詞を出していくために、既存の歌詞以外にも新たな歌詞が出ることがあり、よい歌詞は記憶されて別の場所でまた使いまわされます。そうして新たな歌が生み出されていくのです。若者には人気のない山歌ですが、今後もさまざまな形で歌われ、新たな歌を生み出していくことを願っています。

 

京都大学 梶丸岳

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

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