学生の街、モンペリエ。街の名物トラムに乗って終点まで行き、そこから長距離バスに乗りかえ、田舎道をひた走ります。手にしているのは詩のフェスティバル(Festival de poèsie Lodève)のパンフ。不安な気持ちを残したまま、窓の外を葡萄畑がDing –Dong 遠ざかっていきます。
こんにちは。村田活彦です。2014年6月、パリのサン=シュルピス広場で開催された詩のマルシェ。その会場で、南仏のロデーヴ(Lodève)という町で詩のフェスがあるという情報をゲットしました。7月16日から5日間にわたって開催されるらしい。こりゃ行かねば!と思ったものの、パリの人に聞いても「ロデーヴ?どこ?それ?」って感じ。
フェスの公式サイトを見ると、最寄りの駅・モンペリエから車で1時間とあります。そして町に3軒しかないホテルが、フェス期間中はすでに満室。それでもあきらめきれず、とにかく行くだけ行ってみようとバスに揺られること1時間。終点ロデーヴで降りるやいなや、観光案内所に駆け込みました。今日、宿泊、男性1名、部屋、あります!?
1軒だけ空いてます、とのお返事。助かった! もらった地図を手に歩くこと20分。たどりついた民宿で案内された部屋は…えーと。これ、温室ですよね? コテージっぽい宿の庭にガラス張りのドームがあって、その中がドミトリーになっているのでした。20ユーロでまずは格安、そして意外と快適。
ということで宿の確保もできたので、さっそく詩のフェスにでかけましょう。ロデーヴは山のふもと、細い谷にできた町。川沿いの道から坂のある路地に入ると、石畳に白く文字が書かれています。え、もしかしてこれ、詩じゃない!? 道にそってどこまでも続いていく路上のポエトリー。頭上を見ると洗濯物がはためいているけど、これも詩のオブジェ。詩をプリントしたTシャツがディスプレイされているのでした。これは楽しいぞ! それ以外にも町のいたるところで、道や壁に詩が書いてあります。カリグラフィーというのでしょうか。
さらに町を歩いていくと、石畳の道や広場、カフェなどいたるところが小さなイベント会場になっていて、朗読会や講演会、パフォーマンスが行われています。1時間もあればぐるっと一周できてしまうくらいの小さなエリアなんですが、この充実ぶりはすごい。
ちょっと変わったイベントもあります。たとえばこれ、足湯ならぬ「川に足をひたしながら詩の朗読を聴く会」。涼しそうでしょ!? なかなか優雅です。
光さす中庭で朗読しているのは、音響詩の異才、アン=ジェームス・シャトン。「音響詩」というジャンル自体、初体験でしたが、これまた衝撃的でした。レシートの項目をひたすら読み上げていくというパフォーマンス。「カフェ、カフェオレ、スパゲティ、ジャガイモ、バゲット…」しかも低音のいい声! それを真面目な顔で聴いているお客さんたち。なんだか不思議でおもしろい。
町の中心には詩の出版社のテントが並んでいます。俳句を扱っているブースもいくつか。やっぱりフランスでは俳句が人気なんだなあ。パラパラと見ていた私に、熱心に説明をしてくれたのがセドリック。友人と詩の出版社をやっていて、自分も詩や俳句を作っているそうです。俳号も自分で考えて、MAKURA KATSUJIというらしい。「マクラ」は漱石の「草枕」から、「カツジ」は「活字」から。なるほど凝ってるなあ。セドリックとは泊まっている宿が同じということもあってすっかり盛り上がり、お互いの詩集を交換しました。
実はこのロデーヴの詩のフェスは“voix de la méditerranée”つまり「地中海の声」というタイトルで、地中海沿岸文化をテーマにしている模様。それでフランスはもちろんイタリア、スペイン、ギリシャ、シリアといった地中海沿岸の国から詩人やパフォーマー、ミュージシャンが招待されてるわけです。そんな海外からのゲストのなかでも、この年のスペシャルはこの方でしょう…イランの映画監督、アッバス・キアロスタミ!
私はキアロスタミの『友達のうちはどこ?』という映画が大好きなんですが、まさかフランスでご本人に会えるとは思いませんでした。実は監督、詩も書いていて、フランスで詩集が出ているんですね。ごく短い、俳句のような短詩集です。小津安二郎ファンとして知られるキアロスタミ監督だけに、詩でも日本文化の影響あるのかなあ。
監督の講演会があったので、もちろん聞きに行って詩集にサインもらいました! ええ、まあフランス語もペルシャ語も全く聞き取れませんでしたが…。キアロスタミ監督、映画祭に呼ばれたことは何度もあるわけですが、詩のフェスティバルに招待されたのは初めてだそうです。そのせいか常に満面の笑み。フェスを楽しみまくってる感じが伝わってきて、それだけでこちらも幸せな気持ちになります。聞いたところでは「地上にパラダイスがあるとしたら、このロデーヴこそがそうだ!」と大絶賛していたとか。
夕方になると毎晩コンサートがあります。そのジャンルも実にバラエティ豊かです。民族音楽を奏でるバンドから地元で人気らしいヒップホップユニット、全国区で有名なフレンチ・ポップスのシンガー、シリアから来た舞踏団まで、ジャンレスな楽しさ。
ライブが終わったあとも、川沿いの屋台村スペースには遅くまで明かりがついていて、みんなそれぞれ楽しんでいました。規模こそ違うけど、なんだか夏の音楽フェス会場みたい。ああ、いいなあ。詩のイベントでこんなことできるんだ。キアロスタミじゃなくても言いたくなります。パラダイスだ!
「日本にはこんなすごい詩のフェスティバルはないよ!」思わずセドリックに言ったら、「じゃあ、カツ、君が作れば?」真顔で答えられてしまいました。実際、セドリックは地元で詩のフェスを主催しているらしい。ないものは作ればいい。なんて自由なんだ。でも、そう言われるとその気になってくるから不思議。
すっかり暗くなった帰り道、例の宿まで20分歩きながら、セドリックの言葉を反芻したのでした。
というところで、また次回。À bientôt!