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詩は世界をつなぐ~フランス・ポエトリーリーディング見聞録~第18回

2015-06-22

6月1日パリ、夜22時。夏時間のフランスでは、ようやく日が沈んだばかり。11区のDOWN TOWN CAFÉ(ダウンタウン・カフェ)では、ポエトリーリーディングのオープンマイク(Scène Ouverte)が行われています。ここはパリhttp://www.e-surugadai.com/wp/wp-admin/options-general.phpで最も活気のあるポエトリーイベントのひとつ。私にとっては1年ぶり、そしてポエトリースラム日本代表・岡野さんにとっては初めての、パリでの朗読です。ポエトリースラムW杯の前哨戦にはもってこいといったところ。司会者が「ヤスヒロ、オカノ!」と名前を読み上げました。さあ、出番です。

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こんにちは、村田活彦です。2014年の初夏以来、ふたたびパリに行ってきました。今回はポエトリースラム日本代表・岡野康弘さんと一緒。ミセスフィクションズという劇団に所属する役者さんです。その岡野さんが日本代表として参加するのが、ポエトリースラムの世界大会、つまりW杯(Coupe du Monde de la Poésie)。6月1日から1週間、パリ20 区のベルヴィルで開催される“Grand Slam 2015”のメインイベントのひとつで、フランスをはじめヨーロッパ勢はもちろん、アメリカ、ロシア、イスラエル、コンゴ、マダガスカル、ブラジル…計23の国と地域の代表が自作詩のリーディングを競い合うというもの。

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詩の朗読の国際大会と聞いて「え、言葉が通じるの?」と思われた方もいるでしょう。ポエトリースラムW杯では字幕を使います。詩人たちがパフォーマンスする背後にスクリーンがあり、そこにそれぞれの母国語、英語、フランス語の3ヶ国語が映し出されるわけです。もちろんポエトリースラムでは声や身体のパフォーマンスも大事な要素。そういう意味では、字幕つきの映画や演劇をみている感覚に近いかもしれません。


ポエトリースラムW杯、初の日本代表となった岡野さんの作品も、当然ながら翻訳する必要がありました。フランスの大会本部からの要請は「朗読する作品を6編、事前に提出すること」「日本語版と英訳版を送ってほしい。それを元に大会スタッフがフランス語訳を作る」とのこと。さあ大変。ポエトリー・スラム・ジャパンからポエトリースラムW杯まではほぼ1ヶ月。先方がフランス語訳を作る時間を考えると、2週間ほどで6作品を英訳しなければなりません。4名のボランティアスタッフにお願いして、みんなで寄ってたかって翻訳にあたることに。

今大会での岡野さんの詩は『イカ百選』『ウシ五十選』『海とゴリラ五十景』『寝付けない夜のイメージ1000夜』…と、タイトルを聞くだにシュールで、なおかつどの作品も短いフレーズを連ねていくというもの。たとえば『イカ百選』なら

  イカには憧れという概念がない

  イカのように舞い、蜂のように刺す

  若いイカは外見ばかり気にして内面を磨くことを忘れがちである

…とまあ、こんな感じで摩訶不思議な岡野ワールドが続いていくわけですが、さてこれをどう翻訳するか。これがまた楽しくもハードな作業でした。たとえば

  イカ界のむかし話のオチは九割がた「イカめしにされてしまいましたとさ」

これをどう訳すのか? そもそも「イカめし」は海外で通じるのか? “cooked with rice“と説明してはどうか…と喧々諤々。あなたならどう訳します? 最終的には“squid-bento”、つまり「イカ弁当」と意訳しました。というのも、Bentoという言葉が欧米ではすでに通用しているらしいんですね。

そもそも英語は一般的にSVO(学校で習いましたねえ)の語順だけど、日本語は動詞が最後にくる。岡野さんの作品でも、文の最後まで聞いてこそ味わいが出るという例が多いわけです。ということは、ただ素直に英訳しただけでは、元の作品が持つ面白味を伝えられないのでは、という問題もありました。あるいはこんなフレーズ

  黙ってればイカみたいで可愛いのにね

誰が「黙っていれば」なのか、主語がないですよね。主語を省略しちゃうのも日本語の特徴でしょう。この場合の主語は「彼」か「彼女」か、あるいは「あなた」なのか。結局、作者の岡野さんに確認して “She is cute as a squid if she keeps her mouth shut”という訳に落ち着きました。そんなこんなで、英訳スタッフが笑いながらも真剣に翻訳していただいたおかげで6作品の英訳が完成し、フランスに送信。これで準備は万端。


成田発パリ行きエールフランス275便がシャルルドゴール空港に着いたのは、現地時間の6月1日16時35分。実は岡野さん、前日が出演していた芝居の千秋楽で、朝まで打ち上げしたあと成田に直行したとのこと。だ、大丈夫ですか体力的に。一抹の不安を覚えつつも、着いて早々に向かったのがダウンタウン・カフェのオープンマイクだったわけです。

1年前と変わらず、店には70〜80名のお客さんが詰めかけていて、後ろのほうは立ち見で身動きとれないくらい。この盛り上がりで毎週開催されているのは、ポエトリーリーディング好きとして正直うらやましい限りです。最初に名前を呼ばれたのは私。飛行機のなかで書き上げたフランス語のテキストを読んだのですが…あれ? お客さんの反応がおかしい。そこ、笑うとこじゃないよという箇所でクスクス笑いが聞こえてきます。どうやら1年のあいだにもともと片言だった私のフランス語がさらにガタガタになっていたみたい。こんなはずではと気持ちはあせるのだけど、どうすれば伝わるのかわからない。むしろ詩と自分、自分と客席とがどんどん離れていくような感覚。不完全燃焼のまま、朗読が終わっていました。1年前にはあまり感じなかった、感じても「なんぼのもんじゃい」と思っていた「言葉の壁」というやつを、あらためて突きつけられてしまった。


そしていよいよ岡野さんの番。英訳版『イカ百選』のテキストを手に、お客さんの前に立ちます。もちろんオーディエンスはほとんどがフランス人。ただしこの日、イギリスから来たという女性がふたりいて、前のほうのソファに座っていました。朗読がはじまると、最初のうちは皆きょとんとしているのですが、次第に笑いがもれだします。「え、なに? なんでイカなの?」といった感じでしょうか。そして

  夢にイカが出てくるとき、必ずと言っていいほど夢精している
  If squids are in it, it’s almost certain to be a wet dream

のところで弾かれたように笑うイングランド女子。おお、ウケてる、しかも下ネタで。彼女たちに目配せして笑みを返す岡野さん。さすが役者、余裕じゃないですか。「黙ってればイカみたいで…」にもしっかり笑いが。ああこの光景、翻訳チームのみんなにも見せたい。読み終わった岡野さんがテキストを両手に掲げておじぎすると、盛大な拍手が贈られました。これは明日からのポエトリースラムW杯にも期待しちゃっていいかも!?

…というところで、また次回。À bientôt!

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