拍手に迎えられてステージに上がった岡野さん。黄色いラインが入ったプーマのジャージにジーンズという出で立ちは、ポエトリー・スラム・ジャパンに出場したときと同じ。これが彼の正装でしょうか。変わったのは、髪をオールバックにしてカチューシャで止めていることくらいです。この変わらなさがむしろすごい。
さて岡野さん、パフォーマンスのその前にまずやったのは、マイクスタンドをステージセンターから向かって左手に少し移動させること。一瞬ん?と思ったけれど、なるほど、ステージ背後に映される字幕が客席から見えやすいようにするためか。なんだか余裕すら感じます。映し出された作品タイトルは『イカ百選』。さあ、制限時間3分のステージ開始。舞台端にいるオペレーターに指で合図を送る岡野さん。マンガだったら「ビシッ」と書き文字が入るところです。なにそのカッコ良さ。
イカには憧れという概念がない
A squid has no concept of longing
Un calamar n’a aucun concept du désir
ゆっくりとフレーズを読み上げ、また指で合図を出す。
イカのように舞い、蜂のように刺す
Float like a squid,sting like a bee
Flotter comme un calamari,liquer comme une abeille
最初の数フレーズはお客さんも戸惑い気味です。なにを言っておるのだこの日本人は。そもそもなぜイカ? そんな心のつぶやきが場内の空気に溶け出しているかのよう。ところが朗読が進んでいくにつれて、あちこちから徐々にクスクス笑い声が聞こえてきました。やがて
イカ界の昔話のオチは九割がた「イカめしにされてしまいましたとさ」
In the squid world, 90% of folktales end with “…and they ended up in a squid-bento”
Dans le monde calamar, 90% des contes se terminent par“…et ils finirent dans un
bento calamar”
ここで最初の爆笑。はじめのうちはポカンとしていたオーディエンスが、だんだん岡野ワールドに引きずり込まれていく、この感じもポエトリー・スラム・ジャパンのときと同じです。しかも「イカめし」をどう訳すか、翻訳スタッフが悩んだ末の訳文がちゃんと通じているのが嬉しいじゃないですか。あ、字幕オペレーターのマダムも笑ってる。さらに盛大な拍手と歓声が起こったのが、
イカボールを七つ集めると何でも一つだけ願いが叶う
(ただしイカの能力を超えた願いは聞き入れられない)
When you collect seven Squid Balls, one wish of any kind will come true
(except one beyond a squid’s ability)
Quand vous aurez collectionné sept boules de calamar, un voeu quelconque vous
sera accorde (exceptes ceux qui depassent les pouvoirs d’un calamar)
これがこんなにウケるとは。私の隣の席ではリセ大会優勝チームの小学生たちもすっかり盛り上がってます。ジャパニーズマンガ『ドラゴンボール』の影響力おそるべし。
この調子で最後までにこやかに読み上げたあと、「サンキュ」と投げキッスを飛ばしながら颯爽と去る岡野さん。Pilote氏が客席審査員の得点を読み上げます。採点が低いと、そのジャッジに対して客席からブーイングが起こるのが恒例なんですが
「7.7点(ここで客席からブーイング)…8.7点(さらにブーイング)…9.2点…9.3点、そして10点!」
いけますよ、手応えありですよ、岡野さん。ひと声かけようと舞台袖にかけつけると、出番前と同じようにゲホゲホ咳き込んでいるジャージ姿が。え、さっき舞台上ではあんなにビシッとしていたのに。これが役者魂というものか。
ポエトリースラムW杯2015第一回戦、この第3リーグに参加しているのは岡野さんのほかにオランダ代表・Daan Zeije、フランスのClotilde de Brito、マケドニアのAfrodita Nilolova、ガボンのMister Will、アルジェリアのSam。特に印象的なのはClotilde de Brito女史でしょうか。“LE TRAIN”と題した作品は、朗読というより節をつけてアカペラのシャンソンみたいに歌うスタイル。きれいに韻もふんであります。「愛しの彼と駅で待ち合わせてるの。抱き合ってキスするの。まだ2回しか会ったことないけど」という女性の独白なんですが、これがどうやら妄想っぽい。何時間どころか何日経っても彼は現れず、とうとう6日目に駅員さんに保護されて、今度はその駅員に惚れてしまうというオチ。猫背で挙動不審な感じを醸しながらパフォーマンスして、喝采を浴びていました。ほかの選手もそれぞれにスタイルが違います。まったくどう採点すればよいのやら。
岡野さんの2セット目は『ウシ五十選』。さっきの『イカ百選』でお客さんも要領を得ているので、今度は最初のワンフレーズから笑いが起こります。さらに3セット目は『海とゴリラ五十景』。ここまでくるともうタイトルが映し出されただけで拍手と声援が。それだけじゃなく
海とゴリラのことは忘れる、今日、私は父親になる
というところでは「オーゥ」という感嘆の声も聞こえてきたりして。パリジャンの琴線に触れたみたいですぞ。ポエトリーリーディングを聞き慣れているフランスの皆さんにも、このスタイルは新鮮でしょうね。もちろん日本でも新鮮なんですが。
5人の詩人による各3分間パフォーマンス、それを3セット。すべての朗読が終わったところで、ステージには得点集計表が映し出されました。結果発表をする前に、Pilote氏はこのあとの試合の予定やら何やらを説明をしています。それより勝敗が気になるんですが、えーと、この集計表のどこを見ればいいんだ? 目を細めて数字を眺めていると、となりの小学生男子が小突いてきました。“Japon a gagné! ” え、なに、勝ったってこと? ほんとだ、リーグ3位で準決勝進出!
…というところで、また次回。À bientôt!