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【タイ語】第4回 ~タイ族文化の現状と継承への取り組み~

2017-07-25

近年、雲南省の国境地域は急速な開発が進んでおり、省外からの投資や移住者も増え、国際貿易や観光業の発展は眼を見張るものがあります。開発による恩恵も大きい一方で、農地をつぶして高層マンションや工場が建つなどの土地問題や、ダムや道路建設にともなう環境破壊、物価や犯罪率の上昇といった社会問題も増えてきました。そして、地方都市に近く、低地に暮らすタイ族の生活もその影響を受けて大きく変化しています。ここでは主に雲南省徳宏州のタイ族の現状を紹介します。

 

文化大革命期、タイ族地域では多くの宗教施設が破壊され、上座仏教や精霊信仰など一切の宗教および文化活動は禁止されました。その後、改革開放政策の下で、肥沃な土地を有していたタイ族農村部は村一丸となって生活を立て直していきます。数年と経たないうちに、各地の村では、各家庭の布施を集めて自分たちで上座仏教寺院や仏塔の再建を始めました。村落あげて宗教信仰の復活に取り組み、現在に至っても毎年どこかで村の寺院や仏塔の新築と盛大な祝典行事が後を絶ちません。また、60年代に考案された新しいタイ族文字も復活し、新聞や文学作品の出版も積極的に進められました。80年代から90年代初めごろまでは、村の男たちによる伝統タイ戯劇の上演や、若者男女の掛け合い歌や楽器による恋愛も一時再開し、文化復興は隆盛を極めたと言われています。

 

しかしながら、90年代以降は農村部では経済活動が優先されるようになり、貧富の差が広がり始め、人口増加による村落の拡大、生活環境の変化が始まりました。義務教育の普及により小学校では漢語教育が推進されました。政府は「双語教育」を掲げて小中学校におけるタイ族語と文字に関する授業をカリキュラムに組み込みましたが、実際にタイ族語に関する授業を行う学校は少なかったようでした。若い世代の間では外の文化と生活への憧れも強く、映画やテレビが普及し始めて伝統芸能の上演は減少し、出稼ぎに行く村人も増加しました。現在、村の若者は中学校を卒業すると、都市部の高校へ進学して寄宿生活を送るか出稼ぎに出てしまい、家に残って農業を手伝う若者は非常に少なくなりました。

 

そのため、40歳以下の人々は昔ながらの即興うたを歌うことはできず、うたを聴きとることが困難な人も、タイ族語の仏教経典の朗誦を聴いて理解することができない人も多くいます。他方、ミャンマー側タイ族ポップスが早くから流行しており、伝統的な韻文のうたを好む世代からは逆にポップスの歌詞を聴いても理解できないという世代間のギャップも生まれています。

 

ローカル市場で売られているミャンマータイ族のポップスCD、VCDの海賊版

 

最近はタイ族語、タイ族文字離れを防ごうとする行政の動きも見られます。徳宏州テレビ局ではタイ族語によるニュース番組だけでなく、タイ族語吹き替えの映画やドラマの放送も試みられています。また、政府や関連団体は積極的にタイ族文字を使用して公共空間に政策宣伝や広告を掲示しています。しかし、残念なことに、町や村なかで目にするタイ族文字、さらには新聞や文学雑誌ですら書き間違いが目立つようになっています。

 

経済的に豊かになるにつれ、伝統文化が失われていく、あるいは変化するのは世界的な社会現象といえます。それでも、伝統文化に誇りをもち、その継承問題を憂いる知識人も多くいます。タイ族女性のワン・シャンヤー(晩相牙)さんもその一人です。

 

経典を朗誦するワン・シャンヤー(晩相牙)さん

 

1948年、芒市のダンガオ村に生まれたワンさんは、土司に仕えていた文人の父の影響を受け、幼少からタイ族文学や即興うたに親しんできました。即興うたを評価されたワンさんは大躍進期に宣伝隊に参加してタイ族語のうたで政策を宣伝しました。文革終結後、1979年に徳宏州ラジオ局のタイ族語アナウンサー兼番組プロデューサーに抜擢され、1996年まで番組制作に従事しました。ワンさんは早期退職すると、1997年にのど自慢の農民たちをスカウトして民間の象牙(相牙)芸術団を結成しました。今では、徳宏州のみならずミャンマーの農村部でも知らない人はいないほどにその活動は有名となり、村々の仏教儀礼などに招かれて即興うたや掛け合いうた、戯劇などのパフォーマンスを披露しています。また、ワンさんは執筆家としても知られており、寺院新築や仏像奉納儀礼の際に、村人たちの積徳行(せきとくぎょう)を記念して創作する経典「リークヤート」を書くことができる数少ない伝承者でもあります。あるいはこう言い換えても差し支えないでしょう、ワンさんは男性優位の徳宏タイ族の上座仏教徒社会の歴史において、最初で最後の女性の「リークヤート」執筆者でしょう。

 

ワンさんは、有志の老人たちと共にボランティアで伝統芸能や伝統文学、仏教文学の保護、継承の活動にも取り組んでいます。例えば、上座仏教寺院にて在家者たちが仏にたいして唱える誦経文(ずきょうぶん)の規範化の仕事があります。村人たちが暗唱する誦経文は数十種あり、パーリ語ではなくタイ族語の詩文形式でつくられており、長い歴史のなかで村ごとに語彙や表現が変化していきました。ワンさんは高僧の依頼を受け、各地の誦経文を収集して間違いを修正し、表現を統一化しました。また、ワンさんは将来ますます人々の詩的言語能力が低下することを見越して、難解な古いタイ族文字で書かれている経典や書物を、読み易い新しいタイ族文字に書き直す作業を始めました。これら書物は、長い歴史のなかで手書きで写本されてきたため、書き間違いや古い言葉、仏教用語なども多く、何人もの老人たちと勉強会を開き、不明点を明らかにしてから書き替え作業を進めます。このほか、創作経典「リークヤート」を次世代へ伝えるため、その作詩技法の教授にも取り組んでいます。

 

 

2017年、州政府より正式な活動許可を得て再始動した書物の書き替え作業とその勉強会

 

「リークヤート」を教授している様子

 

今、中国の少数民族地域における、こうした一般の個人による文化保護活動は、決して珍しいものではありません。タイ族社会では、ワンさん以外にも、例えば中国全土で流行のひょうたん笛の伝統的な形や音質、曲などを残すために、自らの財産をつぎ込んで小さな博物館を建てている人もいます。ほかの少数民族社会でも、伝統芸能を生きたまま伝えるために、漢族と少数民族が協力して「伝習館」(伝承館)を開き、ボランティアで若者たちに芸能を教える活動も見られます(例、昆明の源生坊)。さらに、大学機関やNGOが協力し、映像制作技術を村人たちに教え、村人が自分たちで生態や文化、生活を記録するという活動も各地で展開されています(例、郷村之眼プロジェクト)。たしかに、伝統文化の継承には様々な問題がつきものであり、正しい方法論というものがあるのかわかりません。ある種の文化は失われてしまうのかもしれません。それでも、あきらめきれず試行錯誤して困難に挑もうとする人々がおり、現代中国がそうした人々の活動にたいし少しずつ寛容に、そして支援の手を差し伸べる社会になってきているのも確かなのです。

 

京都文教大学・日本学術振興会特別研究員 伊藤悟(いとう さとる)

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

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