会社概要会社概要 サイトマップサイトマップ お問い合わせお問い合わせ

【ワ語】第1回~ワ族のことば~

2016-12-26

「ワ」や「ワ族」という名称は日本では全く馴染みがないものか、あるいは「和」や「倭」を連想させるものかもしれません。中国雲南省西南部からミャンマー連邦シャン州東部の山地部に暮らすこの民族集団は、中国から東南アジアの地域事情の中において、「首狩り」や「麻薬」、「ゲリラ」といった負のイメージをもって語られます。しかしながら、こうしたイメージはワ族の生活文化実態のほんの一部にしか過ぎません。そこで、これから4回にわたってワ族の実態についてお伝えしていきます。

 

ワ語とは

言語系統の観点から、ワ族の言語(ワ語)はモン・クメール語族というグループに分類されます。モン・クメール語族とは、カンボジア語(クメール語)とミャンマー連邦で話されるモン語のほか、多くの少数言語を含む大語族です。これらの言語群のうちもっとも北側、ちょうど北回帰線のあたりにワ語は分布します。

実のところ、ワ語は単一の言語とはみえないほど、大きく分岐しています。村同士が少しずつ異なり、地域の端と端では相互通話さえ困難になります。ここでは、最大の支系集団(パラウク)の言語にてワ語を代表させておきましょう。

 

%e5%86%99%e7%9c%9f1-1

【写真1-1:パラウク・ワ族の家族(雲南省滄源県)】

 

さて、ワ族は自分たちの言語をどのようにとらえているのでしょうか。その一端を示す、こんな言い回しがあります。

 

Man hox on kaing man rāog,  lāi rāog yīe kaing lāi hox

(布、漢族、柔らかい、~より、布、ワ族  文字、ワ族、簡単な、~より、文字、漢族)

「漢族の布はワ族の布より柔らかく、ワ族の文字は漢族の文字より易しい」

 

この言い回しは「それぞれに優れたところがある」という文意を表わします。社会・文化的な表象として考えさせられるところがありますね。

 

書き言葉:無文字から多文字併存へ

ワ族は、長い文字伝統をもつカンボジア語やモン語などとは異なり、表記習慣をもたない、いわゆる無文字社会の状態にありました。しかし、20世紀以降、タイ系民族や漢族、さらにはキリスト教宣教師などを介して、様々な文字表記がもたらされています。今日、ワ族社会全体では、3タイプ(ローマ字、タイ文字、漢字)の文字による、実に6種類の文字表記体系が存在します。

先に紹介した言い回しはこのうちの一つ、中国国内のワ族の正書法とされる表記法によって記しました。この表記法は、声門閉鎖音を表わすxなどを除くと、例えばgが無気軟口蓋閉鎖音でkは有気軟口蓋閉鎖音といったように、中国語のローマ字転写法(ピンイン)の仕組みを取り入れています。

 

DSC_1933

【写真1-2:エイズ予防局の表札。漢字にワ族正書法が付記されている(雲南省滄源県)】

 

さて、上記の言い回しですが、どうももう少し意味があるような気がしてなりません。この表記法はローマ字によって表記されるため、文字種の多い漢字に比べ、確かに容易な体系といえます。しかし、ワ族の日常においてこの表記法が使われる場面は皆無といってよく、読み書きできる人もほとんどいません。社会生活を営むためには、まずは漢字。言い回しにはその困難な漢字習得をしなければならないという悲哀が込められていると感じます。

 

話し言葉:オセロ的な文法原理

この言い回しは「漢族の布は柔らかい」、また「ワ族の文字は易しい」という、いわば対句的な表現をしています。言語構造のうえでは、それぞれ主語(Subject)と動詞(Verb)が並ぶSV語順とみることができます。しかし、ことはそれほど簡単ではありません。仮に布の話と文字の話が全く別個の文脈において発話されたとしたら、

 

On man hox kaing man rāog (柔らかい、布、漢族、~より、布、ワ族)

「漢族の布はワ族の布より柔らかい」

Yīe lāi rāog kaing lāi hox (簡単な、文字、ワ族、~より、文字、漢族)

「ワ族の文字は漢族の文字より易しい」

 

となるはずです。つまり、ワ語にはSVとVSという二つの語順があるのです。日本語に照らして考えるとすれば、「は」で示される事態(主題文)ならばSV語順が、「が」で示される事態(叙述文)ならばVS語順が選択されます。ついでに、修飾関係(「漢族の布」における「漢族」と「布」、「ワ族の文字」における「ワ族」と「文字」)の関係は日本語と逆の語順で示されます。

それにしても、上例には「は」や「が」、「の」などを示す標識がありません。そうした標識の表す関係性は語順のみによって示されます。これは言語学的に「孤立語」と呼ばれる、形態的標示をしない言語タイプの特徴です。これはさしずめオセロや碁の世界観だといえるでしょう。孤立語では、一つ一つの単語が語形変化させないまま主語や目的語、修飾語や非修飾語になります。ちょうどオセロの一枚一枚や碁石がみな同じかたちをしており、置かれた場所によって局面が決まることと似ています。

これと対照的なものとして、将棋やチェスの世界観があります。それぞれにコマのかたちや大きさが決まっており、視覚的にルール化されています。ヨーロッパの言語はこうしたチェスや将棋の要領で文法が成り立っているといえます。こうした言語特徴は「屈折語」と呼ばれます。

発音にも日本語に馴染みのない特徴があります。例えば、上線の有無によってあらわされる音質の違いがもっとも特徴的です。上線のない母音(例えばa)を中核とする音節は、喉頭が通常の状態で発音されます。一方、上線を付した母音(例えばā)を中核とする音節は、喉頭が弛緩状態にて発音されます。前者は通常の「アー」、後者はため息をつきながらの「あぁ…」といった感じでしょうか。この喉頭の通常の状態(非弛緩)/緩んだ状態(弛緩)による発声法の対立は「レジスター」と呼ばれる音声特徴であり、東南アジア諸言語においてよく見られる声調の対立と深いかかわりがあります。ワ語の諸方言ではこの対立が緊張の状態(緊張)/通常の状態(非弛緩)であったり、緊張の状態(緊張)/緩んだ状態(弛緩)であったりします。それに連動するかたちで子音の数や母音の組合せに違いが発生しています。こうした音韻変化のダイナミズムは、方言分岐の歴史とその長さを物語るものといえそうです。

 

対句的表現法

先の言い回しは対句的に表現されています。それぞれが別個の意味を表わすのではなく、相対する二つの存在をまとめて上位概念化するものです。こうした対句表現(類似並列法)は、ワ語の語から節の様々なレベルにおいて実現されます。日本語でいえば「父母」や「田畑」、「犬猫」や「牛馬」などがこれに相当します。ワ族やワ語を理解する一助として、いくつか紹介しておきましょう。

 

語の例

mīex-geeing(母‐父)  ⇒「父母」

gaeng-ma(水田‐焼畑) ⇒「田畑」

mōi-grag(コブ牛‐水牛) ⇒「耕畜」

brūng-lō(馬‐ラバ) ⇒「運搬畜」

līg-soux(豚‐犬)  ⇒「家畜」

 

節の例

Agox bōun sivāi,  mīexmāi bōun sinō

(竹弓、得る、虎  寡婦、得る、青年)

「竹弓で虎を得る、寡婦は青年に嫁ぐ(⇒極めて運がいい)」

Romneem ia,  rommia mgoui

(小便、鶏  よだれ、トカゲ)

「鶏の小便、トカゲのよだれ(⇒酒の味がひどい)」

Simgrid gon sōg bāoxou,  sindōu gon sōg bāoxaig

(バッタ、も、探す、姉妹  イナゴ、も、探す、兄弟)

「バッタも姉妹を探す、イナゴも兄弟を探す(⇒誰だって肉親の情がある)」

 

SONY DSC

【写真1-3:水牛を放牧する子供。牛は富の象徴であり、重要な労働力である(雲南省孟連県)】

 

日本医療大学 山田敦士

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

Comments are closed.

世界はことばでできている

[世界はことばでできている]の月別アーカイブ


駿河台出版社 Phone 03-3291-1676 〒 101-0062 千代田区神田駿河台3-7
このサイトにはどなたでも自由にリンクできます。
掲載されている文章・写真・イラストの著作権は、それぞれの著作者にあります。駿河台出版社の社員によるもの、上記以外のものの著作権は株式会社駿河台出版社にあります。 書影を除く書誌情報は、販売・紹介目的に限り利用を認めます。