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【モン語】第1回 ~モンとモン語~

2017-08-25

モン(Hmong)は、中国ではミャオ族(苗族)と呼ばれる少数民族です。ミャオ族は貴州省、湖南省、雲南省、四川省といった中国西南地域の山間部に広く居住している民族です。居住地域によって生業、生活習慣、言語、服飾などが異なります。居住地域と彼らの自称に基づいて大きく3つに分類されることが多く、主に湖南省に居住している人々をコー・ション、貴州省東部に居住している人々をムー、貴州省西部から雲南省にかけて居住している人々をモンといいます。さらにモンは、ベトナム、ラオス、タイ北部の山地、および1970年代後半以降、難民として移住したアメリカ、オーストラリア、フランスなど各国にも居住しています。モンは、まとまって居住する国家を持っていませんが、世界各地に広く分布している人々だと言えます。中国のミャオ族人口は約945万(2010年)ですが、そのうちモンは200万人くらいだと推定されます。ベトナムに約80万人、ラオスに約30万人、タイに約12万人、アメリカに約25万人と、各国の人口を合計すると、決して「少数」とはみなしにくい一大集団です。

 

雲南モン最大の祭り「花山節」(2008年撮影)

 

モン語は、中国においては少数民族ミャオ族のうちモンと自称する人々と、中国以外に居住しているモンが話す言葉です。中国のミャオ語は、シナ・チベット語族ミャオ・ヤオ語群ミャオ語に属するとされています。羅興貴・楊亜東[2004]は、ミャオ語を3大方言・7次方言・18種方言に分類しています。紙幅により詳細は省きますが、この分類を子細に検討すると、「川黔滇(せんてんけん)方言・川黔滇次方言・第一方言」とされるものが、モン語に当たるものであると推測できます(川は四川省、黔は貴州省、滇は雲南省を意味します)。つまり、それ以外の17種方言は、コー・ションかムーの話す言葉なのです。ここから中国におけるミャオ語研究では、コー・ションあるいはムーの言語については詳細に調査・分類が進んでいるのに対し、モンの言語に関してはあまり詳しい分類がおこなわれていない、ということが言えます。

 

「花山節」に遊びにきたタイのモン(黒い衣装)と雲南のモン(青い衣装)(2008年撮影)

 

それではモン語は細かい分類の必要がない言語なのかというと、そうではありません。モンは、ミャオ族3大集団のなかでも、最も居住範囲が広く、人口も多い人々です。モンはさらに、モン・クロウ(Hmongb dleub)、モン・ジュア(Hmongb nzhuab)、モン・スー(Hmongb shib)など多くの自称集団を有します。このような自称集団や居住地域によって、少しずつイントネーションや単語の異なる方言を話します。方言の差が最も大きいのは、モン・クロウとそれ以外の集団との境界線にあります。例えば、モン・ジュア男性の村に嫁いだモン・クロウ女性を両親に持つ子供がおしゃべりしていると、周りの大人たちが「あの子は母親がモン・クロウだから、言葉がちょっと違うね」と言ったりもします。

 

ミャオ語およびモン語は無文字でした。最初にミャオ文字を作ったとされるのが、メソディスト教会の宣教師サミュエル・ポラードです。ポラードは1905年、貴州省威寧県石門坎に教会を建設し、地主に搾取され苦しい生活を送っていた当地のミャオ族(モンやア・マオと自称する人々)から、「救世主」として支持を得て、多くのミャオ族の改宗に成功しました。この地域の教会では、現在でもミャオ語の讃美歌を聴くことができます。

 

1949年に現在の中華人民共和国が成立すると、ミャオ文字の整備が進みます。川黔滇方言は、貴州省畢節市大南山の音を標準として、アルファベットの文字が充てられました。それは、56の頭子音、21の韻(母音のみ、あるいは母音と末子音)、8つの声調を持ち、「頭子音+韻+声調」で記述されます。しかし、広範に居住するモンの言葉をこの表記のみでカバーすることはできません。そこで2000年以降に作られたのが、雲南省紅河州河口県橋頭郷の音を標準とした文字で、58の頭子音、22の韻、8つの声調から成ります。モン・ジュアのイントネーションを基に作られており、雲南省から東南アジア大陸部にかけて居住するモンの言葉に、より適応した表記となっています。

 

 

中国語(漢語)とモン語(川黔滇ミャオ文字)を併記した小学1年生の国語の教科書(筆者所有)

 

一方、ラオスでは1949年以降、フランス人宣教師とアメリカ人人類学者がそれぞれモン文字を作りましたが、それを統一させようと、アメリカ人言語学者、そして2人のモン男性が加わり、1953年に新しいモン文字が作られました。これは、モン・クロウのイントネーションを基にした文字で、56の頭子音、13の韻、8つの声調から成ります。この表記は、ラオスのモンがアメリカなどに移住したことに伴い、中国以外で広く使用されています。ベトナムで作られた文字もありますが、あまり普及しておらず、上述の「中国モン文字」と「ラオスモン文字」が2大モン文字だと言えるでしょう。

 

例えば、「私はごはんを食べたいです(グ サン ナオ マオ)」という文章を表記すると、それぞれの次のようになります。

中国モン文字:God sangd naox maod.

ラオスモン文字:Kuv xav noj mov.

発音は近いのですが、文字にするとかなり異なる印象です。統一した文字を持たないという点にも、モンが国境を跨いで広く居住している人々であるということがよく表れています。

 

中国でもそれ以外の国々でも、モン語の読み書きを習う教室はあるものの、義務教育に取り入れられているわけではないため、多くの一般のモンは読み書きができません。中国では近年、少数民族文字を併記した教科書も使用されています。しかし中国語(漢語)を習うためには、漢字とその発音記号(ピンイン:アルファベット表記)を同時に習得しなければなりません。それに加えて少数民族文字も習得するというのは、なかなか難しいことだと思います。

 

私はモンの村に暮らし始めた当初、「おはよう」、「いただきます」、「おかえり」、「おやすみ」といった挨拶をしないことに戸惑いました。家族が何かをすることに対し、互いに声をかけあうということがあまりありません。しかし彼らは道で顔見知りとすれ違えば、「どこ行くの?(ギャオ モ ハイ ドゥGaox mol haid dus?)」と言い、誰かが家を訪ねてくれば「ごはん食べた?(ガ ナオGab naox?)」と聞きます。客はたいてい「食べた(ナオ ラNaox lak)」と答えるのですが、家のお母さんはすばやくおかずを温めなおし、客が男性であれば酒も準備します。客は「いらない、いらない(ジ ナオZhit naox)」と断る素ぶりをみせ、それに対し「食べろ、食べろ(ナオNaox)」と迫るというやり取りが必ずみられます。用事が済み、客が「帰るよ(モ ゼMol zhed )」と言うと、「もっとゆっくりしていってよ(ニャオ イ ンズ ラ マNyaob ib nzhik lad mad)」としつこいくらいに引き留めます。このような定型化されたやり取りが大げさであればあるほど、互いが遠い関係にあると言えます。私は食事時に、「たくさん食べてね(ンドウ ナオ イ ンズNdout naox ib nzhik)」と声をかけられなくなり、自分で勝手におかわりのご飯をよそえるようになったときに、家族の一員として少し馴染んだように感じました。今でも1年に1回程度行くのですが、家族との再会はたいてい「来たね(ドゥア ラDuax lak)」という簡単な言葉で済まされます。

 

(参考文献)

羅興貴・楊亜東(編) 2004『現代苗語概論』貴州民族出版社。

熊玉有・戴虹恩(Diana Cohen) 2005『苗漢英学習実用手冊』雲南民族出版社

 

南山大学 宮脇千絵

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

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