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【ワ語】第4回~ワ族とワ語の現在・未来~

2017-03-28

1960年代、ワ族の二大集居地である滄源と西盟地区に民族自治県が成立しました。それからおよそ半世紀。中国中央への政治・経済的な結びつきはますます強まり、人びとの日常は漢族社会と切り離せなくなっています。

その一方で、両県はミャンマー連邦と国境を接し、国境を越えた人的・文化的交流も盛んです。今日、ミャンマー連邦シャン州では、ワ州連合軍(United Wa State Army;UWSA)が一大政治勢力となっています。中国に暮らすワ族はミャンマーからの移民も多く、精神・文化的威信を感じるものも少なくありません。以下では、こうした政治経済、また精神文化の二つの側面から、ワ族およびワ語の現在と未来を考えてみたいと思います。

 

漢族化と民族表象

ワ族の暮らす雲南省西南部において、漢族の歴史はそれほど古いものではないようです。清朝によって中央政府の版図に組み込まれるより前、雲南省西南部においては、山間盆地に国家をひらいたタイ系民族こそが政治的、また文化的プレステージをもった存在でした。第2回「ワ族とその歴史」のなかで、タイ系民族との関係性においてワ族の内部に分岐がおこっていたことを示しました。ワ族のうち、最も「タイ化」の進んだ人びとはタイ系民族の言語、文化を自らのなかに取り込みました。現在、滄源や西盟といったワ族の集居地の周辺部において、上座部仏教を信奉し、タイ系言語を併用する人びとがその末裔と考えられます。しかし、タイ系民族との接触を拒んだワ族集団においても、例えばその言語のうちにタイ族からの多量の文化的語彙を認めることができます。このことから、ワ族は全体として、山間盆地のタイ系民族を中心とした世界のなかにあったということが想像されます。清代以降も、中央政府はタイ系民族を地方官(土司)に任命することで間接統治を図っていました。タイ系民族とワ族を含めた少数民族のこうした関係は、20世紀半ばまで続きます。

 

1949年の中華人民共和国の成立は、地域の政治・経済的構図を一変させました。漢族移民が爆発的に増加し、中央集権化が急速にすすみました。中国の一部となったワ族社会は、漢族的な社会生活への転換を余儀なくされます。わずか1世紀にも満たないうちに、漢族の社会システムや生活文化が、ワ族の伝統、さらにタイ族との交渉のなかで形成された二次的伝統をも大きく変容させています。例えば、漢語とのバイリンガル化がすすみ、都市部においては母語の衰退といった事態も起きています。

 

【写真4-1:現代風の民族衣装】

 

近年、雲南省は観光による経済発展を目指し、省内各地域の旅行資源の開発に力を入れています。そのなかで、少数民族文化の「復興」が図られることになりました。それぞれの民族はその象徴的な部分が焦点化され、資源化されています。各地で民族風情を喚起させる公園や施設が建設され、祭が伝統とは無関係に定日化されます。ワ族の場合、首狩りなどの野蛮性、創世神話の象徴である瓢箪、そして褐色の肌の色などが民族表象とされているようです。街中に祭祀場や瓢箪のモニュメントが作られ、旅行スポットとされています。また最近では、“摸你黑狂欢节”という「泥掛け祭り」が考案され、雲南省の定めた国際旅行期間(5月のゴールデンウイーク)に定例化されました。こうした資源としての民族性の利用は、今後も続くことが予想されます。

 

【写真4-2:瓢箪の巨大モニュメント】

 

越境する文化

2010年の人口統計によると、中国におけるワ族の人口はおよそ43万人です。詳細は不明ながら、それと同等、あるいはそれ以上のワ族が国境を隔てたミャンマー連邦シャン州にも暮らすと推定されています。雲南省西南部にはワ族の自然村が数多くありますが、その多くが古くとも数代前の移住村落であったことがわかっています。ワ族は表記伝統がなかったため、どのような経緯、経路で現在に至ったかを史料によって知ることはできません。しかし、その移住元がミャンマー側にある場合もかなり多いようです。第3回「ワ族の伝承と文化」では、民族の神話的故地をミャンマー側にあると考えていることを示しました。ミャンマー側のワ族居住地は精神文化的な拠り所ともいえるのです。

ミャンマー連邦シャン州東部は、国共内戦などの最中、ビルマ(現ミャンマー)と中国の緩衝地帯の役割を果たしました。ワ州連合軍はこうした政治状況のなかで生まれてきました。ワ州連合軍の定めた首府パンサンは雲南省の民族自治県の一つ、孟連タイ族ラフ族ワ族自治県の先にあります。パンサンはミャンマー連邦にありながら人民元が貨幣となっており、中国の経済圏のなかにあります。しかし、ワ族を前面に出した文化的活動も盛んのようです。例えば、独自の文字表記が制定され、書籍や芸術活動に用いられています。今日、その一部は、雲南省側にも還流しています。また、情報技術が活用され、ワ族文化が盛んに発信されています。

 

【写真4-3:国境市場の様子。ミャンマー側のワ族も売り買いに来る】

 

このように、ワ族は政治経済的に中国の強い影響下にありつつも、精神文化的にはミャンマー側に暮らす同胞社会との関係性を失っていません。中国にありながらも中国的になりきらない。これこそが中緬国境に暮らすワ族の現在であり、未来の姿であるように思います。

 

日本医療大学 山田敦士

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

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