山あいの町・ロデーヴで詩のフェスティバルを堪能したあと、ニームやアルルといった南仏の町を旅行していました。ドミトリーに泊まり、食事は歩きながらフランスパンをかじるという、絵に描いたようなバックパッカー。そんなとき、パリの友人・マークからまたまたメールが届きました。「セット(sète)という町でも詩のフェスやってるよ! ポエトリースラムのヨーロッパチャンピオンにもなった、スペインのダニ・オルヴィス(Dani Orviz)も出演しているからオススメ!」あわてて時刻表をチェックすると、おお。アルルから日帰りで行ける!
こんにちは。村田活彦です。ということで2014年7月25日、地中海沿岸の港町・セットにおりました。実はここ、ふたりの偉大な詩人を生んだ町として有名です。ひとりはフランス人なら誰でも知っているというシャンソンの巨匠、歌手で作曲家で詩人のジョルジュ・ブラッサンス。もうひとりはポール・ヴァレリー。最近ではジブリの『風立ちぬ』でも引用された「風立ちぬ、いざ生きめやも」という有名なフレーズは、もともと『海辺の墓地』というヴァレリーの詩の一節です。
町の中心部でバスを降りると、運河沿いの道に潮の香りがあふれています。バス通りから路地をひとつ入ると広場があって、噴水には妙にリアルなタコのオブジェが。なるほど、やっぱりこの町はシーフードが自慢みたい。そしてその噴水のある広場が、どうやらイベントの第一会場。並んだテントで各出版社が詩集を販売しています。
フェスの正式タイトルは“Voix Vives de Méditerranée en Méditerranée” といって、7月18日から26日までなんと9日間のお祭り。チケット売り場わきのポスターを見ると、フランス・ポエトリースラムのカリスマ、グラン・コール・マラードのライブもあるし「ジュリエット・グレコ、ジャック・ブレルを歌う」なんてプログラムもあって、うーん、日程の都合で今日一日しかいられないのがもったいない。
セットは港町らしく坂の多いところ。そんな町のあちこちで、ロデーヴのフェスと同様、小さなイベントがいくつも行われています。路地の一角に日よけをかけて、デッキチェアを並べればそこがもう朗読会の会場。あちらでは手話と朗読のコラボライブが行われているし、こちらではダンスパフォーマンス、こちらにはキッズコーナー。通りには横断幕がかかっていて、参加している詩人たちの言葉が風に揺れています。ひとくちに「詩」といっても様々な表現の仕方があって、それがなんの気負いもなく共存している感じ。
うろうろきょろきょろしていると、坂の上から「カツ!」と呼ぶ声がしました。振り返ると、なんとロデーヴの詩のフェスで知り合った編集者のセドリックに再会! 詩のフェスをはしごしているんでしょうか。それにしてもなんて縁に恵まれた旅だ。再会を祝してセット名物タコのタルト、Tielle(ティエル)をごちそうになってしまいました。
仕事があるからまたあとで!というセドリックを見送って、今度は港の方に歩いてみましょう。大きなヨットハーバーを過ぎ、海岸沿いの要塞跡を眺めながら坂をあがっていくと見晴らしのいい墓地がありました。まさに『海辺の墓地』。「風立ちぬ」の一節はここで生まれたんでしょうか。坂を登った先にはポール・ヴァレリー美術館があります。
さてマークのオススメ詩人、ダニ・オルヴィスの出演イベントが始まる時間です。そろそろ町なかに戻りましょう。彼のその日最初のステージは、地元ラジオの公開録音。いちばん前の席に陣取ると案の定、目が合いました。マークがすでに連絡をしておいてくれたらしく「お前が、例の、日本人か?」というような身振りをしています。ま、ほかにアジア人見かけないからすぐ判るのでしょうけど。
収録が終わったあと声をかけて「俺も日本でリーディングやってるんだ」と片言の英語で自己紹介すると、それじゃあ次の出演まで少しあるからお茶でもしますか、という話に。お互いにポエトリーリーディングをやっている、というだけですぐ仲良くなれるんだから、なんて幸せなんだ! ヨーロッパ各国にそれぞれリーディング仲間がいて、日頃から互いに連絡とりあっているからこそなんだろうな。こういう世界をなんで今まで俺は知らなかったんだろう、と思わずダニ・オルヴィスに言ったら、彼はひと言「これが始まりだろ」。
そのあと観たダニ・オルヴィスのポエトリーリーディングは、実にバラエティ豊かでした。声の響きや内容はもちろん、ロボットダンスを取り入れたり、音マネしたり。徹底的にエンターテインメントです。あとで聞いたら「作品ごとにすべて趣向を変えるのがポリシー」なんだとか。プロフェショナルですな。
さらにその夜。ダニが知人のプログラムにゲスト参加するというので行ってみました。会場は小さな劇場。ふと見ると、いちばん前の席にセドリックが座って手を振っています。照明が落ち、ダニ・オルヴィスが舞台に立ち、朗読をはじめます。と思ったら、いちばん前の席のセドリックが輪唱のように朗読しだしました。え?出演者だったの!?
結局ふたりはもともと知り合いで、同じライブに参加していたのでした。ロデーヴで会った編集者のセドリックと、パリのマークが紹介してくれたスペインのポエトリーチャンピオン、ダニ・オルヴィス。それぞれ別のきっかけで知り合ったふたりが実は友人だったという…縁というのは不思議なものです。
帰りの電車までまだ少し時間があるので、セドリックとワインで乾杯しました。再びセット名物のティエル、そしてイカのフリッタ。少しだけ酔っ払ったらしいセドリックが「ポエトリースラムは詩じゃないという人もいる」と言いながら、目の横に両手を当てて「まったく視野が狭い!」というようなゼスチャーをします。あはは、確かに! ロデーヴとセット、ふたつの町で感じたのは詩に国境もジャンルもいらないな、ということ。自分がいいと感じるものを自分のやり方で楽しめばいい。フランスの詩のフェスで学んだのは、そんな自由さかもしれません。
日が落ち、運河沿いの店に灯りがともり始めました。運河ではお祭りのボート競漕が始まるらしく、楽団が演奏をしています。もう少し酔っていたい気分です。
というところで、また次回。À bientôt!