パリのポエトリースラムW杯準決勝第一リーグ。同点3位となったコンゴ代表・ブラックパンサーと日本代表・岡野さんが舞台に呼ばれ、あらためて三位決定戦です。司会のPilote氏がなにやら説明しているのですが「シフミするぞ、シフミ! 知ってるか?シフミ。シーフーミー!」とまあ、大騒ぎ。きょとんとする岡野さんに、ブラックパンサーが身振りで教えています。どうやら先行後攻をジャンケンで決めるらしい。そう、フランスではじゃんけんのことを「シフミ」というんですね。「勝ったほうが後攻だ。これがグーで、これがパーで、これがチョキ! そんでこれがピュイ!」あとで知ったのですが、実はフランス式じゃんけんには「グーチョキパー」に加えて「ピュイ(井戸)」というのがあります。グーをゆるく握ったみたいにして井戸の形を作るみたい。ピュイはパーに負けるけど、グーとチョキには勝つ。ん? ピュイだけ勝率高くない!? さらに「チョキ」かと思いきや中指一本のハンドサインを出して、どうやらとってもゲスなジョークを飛ばしているご様子。ミスター岡野もブラックパンサーもお手上げ状態です。だれか止めてー。
ともかくも「シー、フー、ミー!」という客席のかけ声に合わせてじゃんけんした結果、先攻・ブラックパンサー、後攻・岡野さんとなりました。白いTシャツに黒いスリムパンツですっとマイクの前に立つブラックパンサー。小柄な彼が、ステージでは少し大きく見えます。プロジェクタで映し出されたタイトル“AURELIE”というのは、どうやら女の子の名前のようです。がんと戦った孤独な13歳の少女の物語。丁寧に韻をふみながら、語りかけるように朗読していきます。そこから医療や貧困の問題に対する明確なメッセージも伝わってくる。客席もしんとして耳を傾けています。得点は9.2点、9.8点、9.9点、10点、10点。10点満点がふたり出るとは!
そして岡野さん。毎度のようにマイクスタンドを舞台中央から「定位置」に移動…と思いきや、すでにスタンドが動かしてある。主催者側も「岡野スタイル」にすっかり慣れたようです。ご本人はこれまでよりにこやかさ3割増し。スマイルにも貫禄を漂わせつつ、プロジェクタ係に合図を送ります。最初に客席が沸いたのは5フレーズ目
イカにあだ名を付けていくだけの簡単なお仕事です
そこから先はもう、舞台上の岡野さんも観客も一緒になって楽しんでいるといった感じ。
イカボールを七つ集めるとなんでも一つだけ願いが叶う
(ただしイカの能力を超えた願いは聞き入れられない)
のところでは拍手までおこる事態に。一体なんの拍手だそれは。最後はお約束の投げキッス(両手バーション)で、盛大な拍手と歓声を浴びました。さあ、得点は…「9.2点、9.2点、9.7点、10点、さらに10点!」嗚呼、わずかに及ばない! ベスト6進出ならず。しかし互いに10点がふたりという好勝負でした。いいもの観た、という満足感が会場に広がります。
さてそれからが大変でした。大仕事を終え、ホールのドア前でお見送り態勢になった岡野さんのところに、次々観客がやってきます。リセ大会優勝の小学生女子アナリサは「ユーアースゲエナ!」と謎の日本語で称えてくれました。スペイン代表・ダンテの彼女からも「イカより好きよ」という光栄な賛辞。「あなたの詩には東洋哲学を感じる。とても高いところから世界を俯瞰するようだ」と言うひとも。「Squid Master!」(イカマスター)というかけ声まで飛んでいます。ヨガマスターみたいになってるよ。そして「死闘」ならぬ「詩闘」をくぐり抜けたブラックパンサーは、ひとこと「リスペクト」と。まさに「強敵」書いて「とも」と読むべし。
ふと視線を感じて見やると、少し離れたところから尊敬の眼差しで見つめている少年がひとり。「ニシゴリ!」とひと言叫んだかと思ったらスケボーでしゃーっと去って行きました。そういえばちょうどその時、テニスの全仏オープンで錦織圭選手が快進撃をしていたのでした。少年にとって「オカノ」は「ニシゴリ」に並ぶジャパニーズヒーローになったのかも。
ホールから外に出たのが午後9時半ごろ。それでもまだ夕方くらいの明るさです。出場したほかの詩人たちも声をかけてくれます。ん?しかもなんだか女性が多いな。岡野さん、すっかり各国に女性ファンを増やしています。名刺代わりに、と取り出したのが日本から持ってきた特製怪人カード。彼が所属する劇団「ミセスフィクションズ」のノベルティなのですが、岡野さんがイカならぬカニ怪人の変装でポーズを決めているという、これまた絶妙なデザイン。これで一同さらに盛り上がり、サインねだられるわ記念写真撮るわの大盛り上がりです。
カナダからきた例の撮影クルーからはインタビューを申し込まれました。「詩のインスピレーションはどこから?」と質問され、「伊集院光さんのラジオとファミ通の投稿欄“ファミ通町内会”です」と実に晴れやかな面持ちで即答する岡野さん。嗚呼、あなたって人は。東京でも花の都パリでも、きっとどんな街に行っていつものまんま。でもそれこそが世界に愛される秘訣なのでしょう。
ゆっくりと日がかげり、少し涼しくなってきました。パリの下町・ベルヴィル、木曜日の夜です。ざわざわしてちょっとほこりっぽい、この街の空気がいつのまにか体に馴染んできています。これからまた、みんな坂の上の店Culture Rapideで一杯やるのでしょう。
…というところで、また次回。À bientôt!