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【タイ語】第1回 ~タイ族のことばと文字~

2017-04-25

中国の少数民族の一つにタイ族(傣族)と呼ばれる民族がいます。タイ族と聞いて、タイ王国と関係があるのかと考える方もいるかもしれません。タイ族のことばは、言語学の分類においてタイ=カダイ語族カム=タイ語派の南西タイ諸語に属する言語であるとされます。タイ王国のタイ語やラオスのラオ語、そしてミャンマーのシャン族のシャン語などとは親縁関係にあると言えます。

 

現在中国には120万人のタイ族がおり(2010年の統計)、その大部分が雲南省に暮らしています。歴史的に古くからタイ族は河谷平野や盆地を中心にムンまたはムァンとよばれる政治社会組織を形成し、ときにはいくつかのムンを連合して「くに」を興したこともありました。そのため、ひとくくりにタイ族といっても、実際は各地に様々な自称や他称の集団がおり、集団ごとに異なる方言を話します。主には、徳宏州(ダゥコン)のタイヌー、西双版納州(シプソーンパンナ)のタイルー、紅河州(こうがしゅう)のタイヤーや白タイ、黒タイなどがあります。これらのタイ諸族は中国に限らず、近隣の東南アジア諸国にも分布しており、今も国境を越えた往来を続けています。

 

タイヌーの既婚女性たち(徳宏州芒市にて撮影)

 

タイヌーの未婚女性たち(徳宏州芒市にて撮影)

 

さて、これらタイ諸語は、単音節型声調言語に類型され、漢語(中国語)と同じように一つの音節で意味を表すことができます。音節構造は、頭子音、韻(母音のみ、あるいは母音と末子音)、声調の3つの音韻単位からなりたっています。声調はだいたい6つあります。基本的な語順はSVO(主語-動詞-目的語)で構成され、修飾語は被修飾語のあとに付きます。では、方言間の差異とは何か、少しタイルー語とタイヌー語を比べてみましょう。たとえば、「田んぼ」は、タイルー語ではナーnaa、タイヌー語ではラーlaaといい、母音は同じですが頭子音が異なります。このように、方言ごとに頭子音や韻に一定の差異を認めることができます。また、似たような発音でも声調が相違している場合もあります。このほか、タイルー語ではパイpaiは「行く」を意味するが、タイヌー語では「歩く」を意味するように、若干の意味の変化が起きていることばもあります。もちろん各方言に特徴的な語彙もあり、まったく意味が通じないことばも多くあります。

 

様々な方言が話されているように、なかには独自の文字を伝えている集団もあります。中国国内では主に4種類のタイ文字が使われています。西双版納州のタイルー文字、徳宏州のタイヌー文字、徳宏州瑞麗市(ずいれいし)や思茅市瀾滄県(しぼうしらんそうけん)、臨滄市耿馬県(りんそうしこうまけん)などで用いられているタイポーン文字(シャン文字)、そして紅河州金平県(きんぺいけん)などで用いられている金平タイ文字(タイドーン文字)です。どの文字も子音字と母音字の組合せによって表記される表音文字ですが、それぞれの来源は異なります。たとえば、タイヌー文字やタイポーン文字は古ビルマ文字をもとに作られたと考えられており、タイルー文字と金平タイ文字は古クメール文字をもとに作られたとされています。

 

タイヌー文字の仏教経典(徳宏州芒市にて撮影)

 

なかでも、古形のタイヌー文字とタイルー文字は、文字表記とことばの音素形式のあいだにずれがあり、さらには声調符号がなかったり、不足していたりしました。そのため子音字と母音字の組合せによっては数通りの発音も可能で、書かれた一文を読み解くには前後の文や文脈から発音を推測する必要がありました。こうした文字に対し、中国のタイ族知識人や宗教人、政府機関研究者たちは1950年代にタイヌー文字とタイルー文字の改正に取り組みました。

 

現在では中央政府の批准を経た新タイヌー文字と新タイルー文字が、それぞれの地域で教科書や新聞、書籍などに用いられています。ただし、読み書きしやすく便利になった新タイ文字ですが、完全に古い文字に取って代わったわけではありません。もともとこれら古タイ文字は上座仏教と密接な関わりをもち、仏教教義や知識などを記した経典は古い文字によって記されてきました。徳宏州や西双版納州の何千、数万冊あるという経典や文書のほとんどは、新タイ文字に訳されることなく保管されています。そして、今でも古タイ文字のまま手書きで写経され、読み継がれています。

 

最後にタイ語の挨拶を紹介しましょう。筆者はこれまで主に徳宏州のタイヌー語を学んできました。1998年に習い始めた頃、徳宏州ではこれといって決まった挨拶のことばを聞きませんでした。ところが近年、ミャンマー側に住むシャン族(タイ族)との交流がさかんになり、若い世代ではシャン流の挨拶、マゥスンカー mau sung khaaを用いるようになってきています。もともとは日々栄えることを祝うことばで、音節ごとに分けるとマゥは新しい、スンは高いという意味になります。徳宏で年配の方にこの挨拶を掛けると、冗談交じりに「わたしにはやくあの世に行ってほしいのか?」と返答されることもあります。ですので、目上の方には「お元気ですよね?」という意味のサムサーハーsaam saa haaやユーリーユーサーyu li yu saaと声を掛けるとよいでしょう。もしくは、「ご飯食べましたか?」を漢語の雲南方言流に、グギンカオヤオkeu kin khau jau、あるいはタイ語らしく少し丁寧にギンカオハーkin khau haa、と言うのもよいでしょう。挨拶一つをとってもタイ語はほかのことばの影響も多く受けていることがわかります。

 

京都文教大学・日本学術振興会特別研究員 伊藤悟(いとう さとる)

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

 

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