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【ペー語(白語)】第3回 ~ペー族の文化~

2018-03-26

「少数民族」という言葉からは、どことなく中国文化とは異質なものを想像するかもしれません。しかしこれまで述べてきたように、白族の衣食住は周辺に住む漢民族とほとんど変わりません。現在、大理の街を歩けば色とりどりのペー族衣装をきたガイドさんや、お店の店員さんを見かけることができます。ただし、このような華やかで派手な衣装は、大理地方が観光化される80年代以降に作り上げられたものです。伝統的なペー族の衣装とは、構造的にも異なります。伝統的なペー族の衣装は紺を基調とした衣装ですが、このような衣装を着ているのは、今では農村の高齢女性だけになりました。

 

食事も漢族と同様に豚肉を好んで食べます。伝統的な祝日に食べる料理もそれほど大きな違いはありません。洱海(じかい)のほとりにある大理盆地では、コイやフナなどの淡水魚もよく食べられます。土鍋で魚を豆腐や野菜で炊いた「砂鍋魚」は日本の水炊き鍋にそっくりです。

 

ただし伝統的なペー族の料理で、漢族と決定的に異なるものがあります。それは「生食」と「乳製品」です。

ペー族には豚肉を生食する習慣があります。生の豚肉のことを「 herl xiao 」と呼び、お祝いの席などでよく食べられます。生の豚肉は、その日の朝に屠られた豚を使います。豚を屠って丸ごと火であぶって、豚の毛を焼きます。そしてその肉と皮をスライスして食べます。食べるときには、黒酢や醤油にニンニク・香菜(コリアンダー)やトウガラシなど香辛料を入れた、たれにたっぷりつけて食べます。日本人にとって、生の豚肉を食べることには抵抗があるかもしれませんが、とてもおいしいです。ただし寄生虫などの問題もあるので、決しておすすめはしませんが…。

 

[生の豚肉料理]

 

雲南地方での「生食」の習慣は、かなり古くから中国に知られていました。例えば唐代(618‐907年)の政治家である樊綽(はんしゃく)が書いた『蛮書』巻8には、雲南には、生のガチョウの肉を生のキュウリと山椒などの香辛料を和えて食べる料理方法が記されています。史料ではこれを鵞闕(がけつ)と呼んだとされています。

 

13世紀半ばから14世紀初めの旅行家であるマルコポーロも、モンゴル帝国統治下の雲南地方に赴いたとされています。彼はやはりこの地での生食の習慣に言及しています。マルコポーロの旅行記である、『東方見聞録』によれば、この当時カラジャンと呼ばれた雲南地方では、ニワトリ・ヒツジ・ウシ・スイギュウなど、なんの肉でも生食をすると述べられています。貧しい人たちは、獣類の生の肝臓を手に入れて、これを細かく刻んでニンニクの入った醤油に浸して食用したとも記されます。

 

中国で「膾」(なます)という漢字があるので、古くは生食の習慣があったと思われますが、早くに失われたと思われます。しかし雲南地方では、唐代にも生食の習慣があり、その習慣はモンゴル支配下の時代を経て、現代ペー族の習慣に引き継がれています。

 

また伝統的に漢族には乳製品の利用は少なかったと考えられますが、大理地方では乳扇( nivx seiz )と呼ばれるカッテージチーズをよく食べます。乳扇は、牛乳にパパイアなどから作った酸液を加えて凝固させ、凝固したものを竹棒などにらせん状に巻きつけ伸ばし、乾燥させます。板状に乾燥した乳扇は油でカリカリに揚げて砂糖をまぶしたものがよく食卓に上がります。観光地の大理古城では、割りばしなどに巻き付けて炭火で焼かれたものが屋台で売られています。

 

[巻きつけて乾燥させている乳扇 ]

 

[油であげた乳扇 ]

 

彼らの宗教をみても、基本的には仏教や道教などの中国系宗教の神々が広く信仰されています。街や村々にある宗教施設の景観も基本的には中国のほかの地域のものと大きな違いはありません。ただ大理の北部にある剣川県を中心とする地域では、アジャリと呼ばれる宗教職能者がいます。アジャリは出家をせずに妻帯し、民間の人たちのために葬式などの宗教儀礼をおこなう集団です。アジャリについて、一部の研究者は、南詔国・大理国時代の密教の伝統を受け継いでいる集団と考えています。しかし実際には、彼らは科儀などと呼ばれる宗教儀式の次第書を駆使して、宗教儀礼を執りおこなう専門家です。こうした宗教儀礼は明代の中国本土で広くおこなわれていましたが、中国ではすでに消滅したと考えられてきました。ところが21世紀に入り、こうした宗教儀礼がペー族の民間で行われていることが、研究者の間で確認されるようになりました。

 

 

[アジャリによる法会]

 

またペー族独自の信仰と考えられているものに、本主( vx zex )信仰があります。本主は、ペー族のそれぞれの村落で必ず祀られる神々です。確固とした教団組織や経典があるわけではなく、その人が生まれた村の本主が、自分の信仰する本主となります。祀られる本主は各村々で異なります。自然物、仏教や道教の菩薩や神々、伝説・歴史上の人物など様々です。本主はそれ単体で祀られるのではなく、その家族とともに祀られることもあります。また神々の間に婚姻・親戚関係や上下関係など様々な「人間関係?」も存在することがあります。

 

彼らの宗教的世界観を表現しているものにペー族の民間芸能があります。南部方言が話されている地域では「大本曲」と呼ばれる芸能があります。大本曲は、歌い手と三絃(三味線)の二人でおこなう芸能です。形式としては日本の浪曲に近いかもしれません。大本曲の名前の由来は、大きな台本(曲本)の曲という意味です。少なくとも2〜3時間をかけて1つの物語を歌いあげます。中国では、このような形式の芸能は「説唱」(かたりもの)と呼ばれています。しかし中国本土では、この形式の芸能の多くは消滅しています。演目の内容は、中国の京劇や地方劇などと共通し、ペー族独自の物語を歌うものではありません。演目は勧善懲悪を基本としています。中国の民間芸能でもよくみられる「地獄めぐり」があり、悪事を働いた人がどのような地獄へ送られるかなどが語られます。大本曲の演目に登場する菩薩や神々の多くは、実際のペー族社会で祀られているものです。

 

先ほど大本曲の内容が中国のものと大差ないと述べましたが、中国の説唱と大きく異なる点は、ペー語と漢語とを併用して歌われることです。台本中のペー語は漢字を用いて書かれます。これがペー文と呼ばれる彼等が用いる表記体系です。これについてはすでに「第1回」で述べました。また台本にみえる描写は大理のペー族社会や自然景観を表現している場合があります。

 

 

[大本曲の上演風景 ]

 

何度も述べたように、ペー族の文化の多くは、基本的には中国文化に大きく影響を受けています。しかしそれはペー族が漢民族と「同化」しているということではありません。彼等の文化の特徴は、中国文化を取り入れながらそれを独自の文化に作り変えている点にあるということではないでしょうか。

 

東海大学 立石謙次

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

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