会社概要会社概要 サイトマップサイトマップ お問い合わせお問い合わせ

【トン語】第3回~トン族の歌文化

2016-10-25

トン族大歌

「歌の民族」といわれるトン族は、膨大な数の民間歌謡をもっています。そのなかでも、南部方言地区のトン族に伝わる「大歌(gal laox・おおうた)」は有名です。男女の多声部合唱であるこのトン族大歌は、ユネスコの無形文化遺産に登録されています。もともと、この大歌は、男女の歌隊が鼓楼で対面歌唱を行うときの合唱を指しましたが、のちにトン族の多声部合唱の総称となりました。大歌には、鼓楼大歌のほかに、叙事大歌、礼俗大歌、児童大歌、戯曲大歌などがあります。トン族には「トン戯(とんぎ)」という民間劇があるのですが、戯曲大歌はそのなかで歌われます。トン族の大歌は基本的に男女それぞれの歌班に分かれ、主旋律を歌うリードボーカルと、その他の歌い手たちとの合唱によって成り立っています。西洋音楽のような音階をとる方法とは異なりますが、大勢の歌声の複雑に絡み合った歌声は美しく、不思議な魅力にあふれています。歌の歌詞はもちろんトン語ですが、近年では外国公演の機会も増えたことから、トン族地区外での公演のために、主な大歌の歌詞を漢語、英語、日本語に訳したものも歌われるようになりました。

 

人々は日頃から歌班に所属し、歌を習い、幼い頃から歌に親しんでいます。歌班は老人、青年、子どもなど、性別年代ごとに分かれており、それぞれ練習をしています。歌を教えるのは「歌師(かし)」と呼ばれる歌の先生です。歌師とは、単に歌のうまい人、才能ある人がなれるというわけではありません。歌を上手に歌えることはもちろん必要ですが、なによりも、ありとあらゆる種類の歌をすべて憶え、歌えることが求められます。歌はすべて口伝であり、その数は正確に把握できませんが、歌師ではない普通の成人でも、幼少から習い憶えてきた歌の数は数百あり、歌師はその何倍も歌を知っているということです。歌師とは、トン族文化の膨大な遺産を受け継ぐ人であり、次世代に継承する役割をもった人なのです。

 

歌のある暮らし

トン族の歌が、これまで廃れることもなく、今も盛んに歌い継がれている理由として、生活の場に歌がとけ込んでいることが指摘されています。特に、他の村からの客人をもてなすときなど、社交の場においては歌が必須です。南部方言地区では農閑期や祭りのときには、他の村との交流を深めるために、村単位で他村からのお客さんたちを招待しもてなすこと(weex yeek)が行われてきました。村にお客が到着すると、村人たちは道をふさぎ、「攔路歌(通せんぼの歌・らんろか)」を歌います。お客さんたちは「開路歌(かいろか)」を歌って、路を通してくれるように頼み、この歌のやりとりを終えると、主人側の村人たちが爆竹を鳴らし客人たちを村に迎え入れます。こうした村単位での訪問交流行事では、必ず男女の歌隊が鼓楼で対歌(歌掛け)を行います。鼓楼のまわりにはたくさんの見物人が集まり、お客ともてなす側が一体となって歌を盛り上げ、何日も昼夜通して歌い続けられることもあります。

 

%e8%b2%b4%e5%b7%9e%e7%9c%81%e9%bb%8e%e5%b9%b3%e7%9c%8c-1

村の入り口での攔路歌。日本の調査班を、少女の歌隊が迎えてくれました。

 

%e8%b2%b4%e5%b7%9e%e7%9c%81%e9%bb%8e%e5%b9%b3%e7%9c%8c-2

こちらが男女混合班。出迎えも男女一緒にしてくれました。

 

貴州省の榕江県と黎平県一帯の地域では、祭りや祝い事のある時に、村外から有名な男女の歌手を招いて対歌を行います。この地域では「琵琶歌(びわか)」が盛んで、祭りでは琵琶を弾きながら歌い歩きます。村の青年男女も盛装して歌手のあとに続き、最後に皆で大きな輪になって歌い踊る「踩歌堂(さいかどう)」を楽しみます。また、祝いの酒席では、酒を勧め合う時に、互いに「酒歌(しゅか)」を歌います。こうした場面では、酒を勧めることよりも、歌を掛け合うことを主とし、慶事には皆で歌を楽しむという習慣が根付いているといえます。

 

北部方言地区では、主に農閑期に青年男女が盛装して山に登り、異性のパートナーを探し、恋歌を歌い合うという習慣があります。南部方言地区でも、歌を通して青年男女が交流する「行歌坐夜(こうかざや)」という習俗があります。農閑期の夜、若い娘たちのグループが広い家の囲炉裏端に集まり、糸を紡いだり刺繍をしたり歌を練習したりしながら過ごし、そこへ若者のグループが琵琶を弾きながら訪ねてきて、恋歌を歌い合うというものです。

 

%e8%b2%b4%e5%b7%9e%e7%9c%81%e9%bb%8e%e5%b9%b3%e7%9c%8c%e3%81%ae%e8%a1%8c%e6%ad%8c%e5%ba%a7%e5%a4%9c

貴州省黎平県の行歌座夜

 

この行歌坐夜を通して知り合い結婚したご夫婦にも会ったことがあります。取材当時五十代だったご夫婦は、若い頃に行歌坐夜で出会い、周囲の反対を押し切って結婚したそうで、当時の行歌坐夜の様子を話してくださいました。(現在では、生活の変化により、当時のような何日もかけた行歌坐夜はなかなか行われないそうです。)男性側は仲の良い友人たちで誘い合って、何時間もかけて女性側の村へ赴きます。あらかじめ訪ねる家は決まっており、女性側も友人同士その家に集まって男性たちを待っているのですが、訪ねてきた男性側が戸をたたくと、女性たちは「いったいだれが訪ねてきたのかしら」と言い、門前での歌のやりとりを経て、男性たちを家へ招き入れます。そうして家に入ると、男性対女性で歌のやりとりが始まり、夜が明けるまで延々と続きます。行歌坐夜では、何時間ときには何十時間もかけて相手の村へ訪ねていきますので、滞在も何日も日をまたぐことがあります。歌の掛け合いの合間には共に食事をし、女性側の家族も男性たちをもてなします。長い時間を共に過ごし、一緒に食事をして、なにより歌のやりとりを通してお互いの人となりを知ることができます。お話を聞かせてくれたご主人は、奥様と出会ったとき、歌を歌う声がきれいで、歌の内容も良いと思ったことをおしえてくれました。一対一で歌をやりとりする際に、どのような内容の歌を選んで返してくるかということで、その人の性格がよくわかるということです。

 

トン族にとって歌は特別なものであり、大切な伝統ですが、歌を歌うことが日々の生活にとけ込んでおり、人々は幼いときから自然に歌に親しんでいます。現在でも村の中で、夜の小さな歌会がたびたび開かれているようです。実際に定期的に参加しているお年寄りに話を聞いたところ、もちろん歌の掛け合いは男女間で行われますが、老人や既婚者も参加してよいものだとのことで、歌のやりとりを楽しむ場のようです。その男性の話によると、20代の若い異性と歌のやりとりをすることもありますが、歌のかえし方が上手で、掛け合いがうまく続くのはやはり年輩のベテラン歌手であるとのことで、経験豊富な老人たちから若者たちが学ぶ機会でもあるそうです。

 

 

國學院大學文学部 兼任講師 渡邊明子

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

Comments are closed.

世界はことばでできている

[世界はことばでできている]の月別アーカイブ


駿河台出版社 Phone 03-3291-1676 〒 101-0062 千代田区神田駿河台3-7
このサイトにはどなたでも自由にリンクできます。
掲載されている文章・写真・イラストの著作権は、それぞれの著作者にあります。駿河台出版社の社員によるもの、上記以外のものの著作権は株式会社駿河台出版社にあります。 書影を除く書誌情報は、販売・紹介目的に限り利用を認めます。