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【チワン語】第1回~チワン族とチワン語~

2019-01-25

チワン族について

チワン族は、中国の南部に居住する中国最大の少数民族で、約1700万人(2010年のセンサス)の人口を有します。その約9割(約1445万人)はベトナム国境に接する広西チワン族自治区内で生活していますが、居住地域は、広東省、貴州省、雲南省などにも広がっています(図1)。広西チワン族自治区では、西部にチワン族が多く、東部に漢族が多く、中部地域は多民族が雑居しています。

 

チワン族とは、かつて存在した20種類以上もの自称を持つ集団が、新中国成立後に政策により統合されたものです。ベトナム北部のタイー族・ヌン族とは同系で、さらに貴州省のプイ族とチワン族のうちの自称「ブー・ヨイ」集団とも同系と考えられています。新中国が成立した後、広西と貴州の境を流れる紅水河を境に以北がプイ族、以南がチワン族とされた経緯があります。漢文による歴史文献では、チワン族は「獞」、「狼」、「土人」などと表記されます。新中国成立当初は「僮族」と表記され、1965年に「強壮」を意味する「壮族」に改められて現在に至っています。一口にチワン族と言っても、その居住地域によって社会や文化は一様ではありません。本連載では便宜上、壮族の祖先を「チワン族」として括ることをあらかじめ断っておきたいと思います。

 


図1 チワン族の分布・居住地域図
(田畑久夫[ほか]著(2004)『中国少数民族事典』東京堂出版、186頁から引用)

 

チワン語の系統・分類について

チワン語は、チワン族によって話される言語の総称です。中国語学の枠組みでは、チワン語はシナ・チベット語族(漢蔵語系)チワン・トン語派(壮侗語族)チワン・タイ語支(壮傣語支)の一言語とされています。一方、多くのタイ・カダイ(Kai-Kadai)語族の研究者は、チワン語をシナ・チベット語族とは別系統をなすタイ・カダイ語族に属する言語であると考えています。中国の分類では、チワン語が北部方言と南部方言に大別され、さらに北部方言は7つ、南部方言は5つの下位方言にそれぞれ分類されます(図2)。タイ・カダイ(Kai-Kadai)語族研究の定説によると、チワン語の北部方言は前回連載のプイ語と同じくタイ・カダイ語族の北部タイ諸語に、チワン語の南部方言はタイ・カダイ語族の中央タイ諸語に分類されます。

 

チワン語の南北方言の文法は顕著に類似していますが、語彙と発音の違いが大きいため、相互理解可能性が低く、意思疎通は難しいです。北部方言の間の違いは比較的に小さいため、意思疎通は容易です。一方、南部方言の左江、徳靖、硯広方言の間の会話は可能ですが、邕南と文麻方言はお互いの会話が通じない上、それ以外の南部方言とも通じない場合が多いです。

 

図2 チワン語分布概略地図
(尹文成作成「壮語方言土語示意図」王鈞[ほか]編著(1984)『壮侗語族語言簡志』民族出版社)により、筆者が作成したものです。「土語」は「方言」です。

 

チワン語の正書法について

現在のチワン語正書法は、1957年に承認され、1982年に更に修訂されたものです。チワン語表音文字の制定は中国民族政策の一環として行われました。その原案は1952年に作られ、1954年から1955年にかけて大規模な調査を行なった後、1955年12月に「チワン族文字方案草案」として公布されました。同草案は、1956年から1957年にかけて繰り返し試行された後、1957年11月に中国国務院(日本の内閣に相当)によって公式な文字(「チワン族文字方案草案」修正案)として承認されました。

 

この文字案はソ連の言語学者セルヂュチェンコ(Г. П.Сердюченко)の指導により、区都の南寧(なんねい)に隣接する武鳴(ぶめい)県(図3)のチワン語方言を基礎にして作られたものです。この文字案を用いて1957年7月1日にチワン語の機関紙『壮文報(そうぶんほう)』(当初のタイトルは『BAU5 SƏШСUЕИЬ』、記事例は図4)が発刊されました。現在、政府の公文書や出版物は漢語の他に1982年に修訂されたチワン文字によって記述されます。なお、新聞『広西民族報・壮文版』(Gvangjsih Minzcuz Bau)や隔月刊誌『三月三』(Sam Nyied Sam)が今でも発行されています。

 

図3 広西チワン族自治区・武鳴県位置

 

図4 『壮文報』(1958年12月3日)
日本語訳:
中朝がひとたび団結すれば
鋼鉄のように堅い
紙虎来れば
鉄水で溶かす

 

チワン語の特徴について

チワン語は単音節声調言語で、基本的な語のほとんどが1音節から成り、その音節に声調がかぶさります。文の基本語順は「主語+動詞+目的語」のSVO型です。語形変化が一切見られず、日本語のような動詞の「活用」もありません。修辞の語順は、「被修辞語+修辞語」のNA型で、被修辞語を修辞語が後ろから修辞します。音節は基本的に音節頭の子音+母音(+音節末の子音)+声調で出来ています。

 

ここで、北部方言と南部方言のちがいについてみていきましょう。
北部方言(標準チワン語)の場合、音節頭の子音は23あり、単母音が6つ( [aː]、[iː]、[uː] 、[eː] 、[oː]、[ɯː])あり、そのうち[eː]を除いて全て長短の対立があります。声調には平音節(普通の声調)が6つ、促音節(p,t,kで終わる声調)が4つであります。中国語にある有気音(息を出す)と無気音(息を出さない)の区別がありません。一方、南部方言(たとえば、筆者の母語である龍茗(りゅうめい)方言)の場合、音節頭の子音は23で、単母音が7つ([aː]、[iː]、 [uː] 、[eː] 、[ɤː] 、[oː]、[ɯː])あり、そのうち[eː]と[ɯː]は常に長く発音し、長短の対立が見られません。声調には平音節が5つ、促音節が5つであります。北部方言と異なって漢語にある有気音と無気音の区別があります。

 

以下に示す標準チワン語の表記は、現行のチワン語正書法を、また龍茗方言はいまのところ正書法がないので、少しわかりにくいかもしれませんが、音素表記(と声調表記)を用います。正書法に用いる文字は以下のラテン文字です。

 

6個の母音字: a e i o u w
16個の子音字: b c d f g h k l m n p r s t v y
5個の声調符号: z j x q h
1個の子音字と声調符号を兼ねる文字: h

 

(1)私はご飯を食べる=私+食べる+ご飯
標準チワン語  gou gwn  haeux
龍茗方言  ŋoː33 (ンゴー) kin415(キン) kʰaw213(カーオ)

 

(2)「被修辞語+修辞語」の名詞句:ズボン + 黒い=黒いズボン
標準チワン語   vaq   ndaem
龍茗方言  kʰwaa251(クゥアー) ɗam31(ンダアン)

 

(3)動詞句中の修辞語順: 彼 + 話す + 速い=彼は速く話す
標準チワン語    de   gangjvah  nyaemz
龍茗方言 teː415(テー) kaːŋ 213waː33(カアンヴァアー)  kʰwaj251(クゥアイ)

 

(4)格の関係語順: 肉 + 豚=豚肉
標準チワン語  noh mou
龍茗方言   ɓaːj251(ンバアーイ) mɤw451(モーウ)

 

チワン語の固有文字について

チワン語を表記する手段として、「方塊壮字(ほうかいそうじ)」或は「古壮字(こそうじ)」、「土俗字(どぞくじ)」と呼ばれる擬似漢字(標準チワン語ではsaw ndipと呼び、「未熟な字、生の字」という意味)が歴史的に使われてきました。ベトナムの字喃(チュノム)と同じように、漢字の造字法を真似て作ったチワン族独自の文字です。例えば「山」を表す方塊壮字は「岜」ですが、これは山を意味する漢字「山」と、山を表すチワン語の読み「ピャア(巴)」を組み合わせたものです。しかし、方塊壮字を用いた正書法が存在しなかったため、チワン文字としての統一には至りませんでした。こうした方塊壮字は、現在でも広西チワン族自治区の各農村地域において、師公と呼ばれるシャーマンの写経、掛け歌(古代日本にもあった歌垣に似る)の覚え書き、家譜(家系図)などの表記に広く用いられ、生きている文字です。また、次に示す書物(写真1、写真2、写真3、写真4)から窺えるように、方塊壮字には地域差(方言差)や個人差があります。

 

写真1 広西天等県上映郷経文書(魂を迎える歌)、1987年に書かれました

 

写真2 広西都安県澄江郷紅渡村経文書(葬儀の魂を送る歌)、年代不詳

 

写真3 広西平果県の法律宣伝書物2009年8月の「一人っ子政策」の宣伝歌

 

写真4広西平果県県城内の夜の歌掛け合いの際に男性が使った方塊壮字の歌本

 

チワン語の言語・文字使用状況について

ここ十数年間は、漢語による義務教育や普通語の積極的な推進、テレビメディアなどの普及によって、チワン族の教育・言語・生活環境が変化しつつあります。筆者は、2011年8月から2015年3月にかけて、計8回広西チワン族自治区領内のチワン族が多く居住する22県(行政区分)でフィールドワーク調査を実施しました。現在では純粋なチワン語モノリンガル(単言語使用者)が急速に減りつつあり、一部の高齢者を除いて、筆者の出会った就学経験者は全員がバイリンガルもしくはマルチリンガルでした。チワン語の衰退は肌で感じられます。また、1950年代から民族語教育及びチワン語による出版、放送は標準チワン語によって行われていましたが、方言差が激しいなどの理由でほとんど普及していないのが現状です。

 

一橋大学大学院 言語社会研究科 特別研究員 黄海萍

 

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