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【ペー語(白語)】第4回 ~ペー語とペー文の現在~

2018-04-25

大理の行政上の中心地である下関(大理市)や観光の中心である大理古城に住む若い人達の中にはすでにペー語を話さない(話せない)人達も多くいます。しかし第1回でも述べたように、それでも現在ペー語話者は130万人近くいるといわれています。このためペー語が直ちに失われる心配はありません。大理盆地の農村では現在でもなお基本的にペー語が日常的に話されています。

 

しかしペー語話者が徐々に減少してきていることは間違いないでしょう。

 

一部の特殊な場合(後述)を除いて、ペー語を表記するための文字はありませんでした。しかしペー語でもローマ字による文字を創ろうという動きが現れます。1958年には、ペー族文字方案(草案)が制定され、1982年に修訂が加えられました。このローマ字のペー文は、「新ペー文」とよばれます。残念ながら、現在にいたってもこの文字が、ペー族の間で普及しているとは言えません。しかし新ペー文を普及させようという動きは何度も起こります。

1980年代に『白漢詞典』というペー語の辞書が企画され、1996年に発行されました。この辞書は新ペー文によって作られた辞書でした。

 

「中国社会科学院民族研究所主編『白漢詞典』1996年四川民族出版社」

 

新ペー文は発音・声調が比較的正確に記述でき、通常のワープロ機能があればコンピューター上でも簡単に入力可能な便利な文字です。しかし普及については、いくつかの問題点がありました。それはまず『白漢詞典』を例にとってみると、①この辞書は剣川地方で話される中部方言を記しており、そのほかの地域(北部方言・南部方言)の話者では引くことができない。そして何よりも、②ローマ字が理解できるようなペー族の知識人は、そもそも漢語の使用にたけており、ペー語の単語を辞書で引いたり書いたりする必要がありませんでした。一方、漢語が理解できない教育水準にある人々がローマ字を学ぶこと自体、難しいことだったのです。

 

つまり新ペー文の普及しない要因は、新ペー文が合理的に作られているかどうかというよりも、ペー語が話される社会で、ペー語を表記するための文字(表記体系)が必要とされているか、どうかという問題にかかっていたのです。

 

他にも新ペー文を普及させようという動きはありました。たとえば大理州では、小学生向けのペー語の教科書が編纂(翻訳)されたことがあり、一部の小学校では教科書を用いてペー語の授業が行われることがありました。

 

「剣川県石龍村にある小学校で使用される白文(北部方言)(2011年)」

 

 

「楊継民等翻訳『語文 一年級 上冊』(『YUITVENP YIFNIPJIF SANNBCAIF』)2005年雲南民族出版社」

 

また近年、大理州のテレビ局で、ペー語による情報番組を制作・放映する動きがみられます。2015年2月に大理州電視台で「海思果秋」という情報番組が始まりました。これは初めてのペー語によるTV番組でした。1990年代には大理の剣川地方でペー語によるラジオ番組が数年間だけ放送されたことがありましたが、成功したとは言えませんでした。番組タイトルである「海思果秋」とは「 herl si guoz qioul 」というペー語の漢字によるあて字です。健康に過ごせますようにという、同番組による造語です。

 

「「海思果秋」の放送場面」

 

2017年8月に大理州電視台を訪問して、製作関係者の方にこの番組についてお話を聞く機会を得ました。電視台(TV局)でのお話によれば、同番組を制作した背景として、大理州のテレビ局には白語を普及させる責任があると考えていたものの、これまでは人材の不足、資金の問題から作りたくても作れなかった。現在は大理州政府や民族委員会からの援助も受けているということです。番組は、再放送も含めて1日5回程度、放送されているが、高齢者層から若い層にまで好評を博している。またインターネットでの放送も重視しており、他州のペー族集住地域からも問い合わせを受けたことがあるということです。

 

一方で課題も残されています。人材や資金の問題で、現状ではこれ以上番組を拡大させることは難しいとのことでした。特に基本的に番組は、自らも番組に登場して司会をつとめる楊万情氏がほぼ一人で制作も担当されています。

同番組では新ペー文による字幕を付けていますが、番組側でも現状では、この字幕を読む人がいることを期待していないとのことです。この字幕には、正確なぺー語を記録すること、ペー語表記を普及させる目的があるだけであるとのことでした。しかし正確なペー語字幕を付してペー語による放送をおこなうこと自体、これまでにはない試みでした。こうしたペー語・ペー文の普及とメディアの役割については、今後の動向をさらに見守る必要があります。

 

もう一つ、ペー語と深くかかわっている伝統芸能の1つに「大本曲」があります。「第1回」「第3回」で述べたように、漢語とペー語を併用した芸能で、歌い手と三絃(三味線)の二人でおこなうものです。大本曲の曲本(台本)は、詩・セリフ・歌で構成されています。このうち詩・セリフが漢語、歌がペー語と漢語によって書かれています。ペー語は、漢字を用いて記されます。これを「老ペー文」や「方塊ペー文」という呼び方をします。漢字を用いるため、日本語の訓読みや当て字にあたるような用法もみられます。老ペー文は、ペー族の伝統芸能の伝承者や、宗教職能者の間でのみおこなわれてきた表記方法です。ペー族話者でも簡単に読むことはできません。また一般のペー族は自分たちの言葉を書き記す方法があったことも知りません。

 

現在でも農村での農閑期や、お祭りごとがあるときに大本曲の芸人が招かれて上演されることがあります。また大本曲や、北部方言地域で行われている本子曲の上演は、大理地方でビデオCD(VCD)などの形で販売されています。大理地方を歩いていると、時折このVCDを鑑賞している風景に出くわします。また、大理古城の大理非物質文化遺産博物館や大理農村電影歴史博物館などでは、実際の上演をみることも可能です。

 

「大本曲のVCD」

 

しかし大本曲の歌い手は、減少し続けていると考えられます。董秀団さんの研究によれば2004年の段階で、活動されている芸人の人数は、すでに20名程度でした。これ以降も何人かの若い芸人は生まれてきているとは思いますが、上記の数字を上回ることはないでしょう。さらに現在、伝統的な大本曲の曲本まるごと1冊を理解できる芸人も減少しています。若い世代の芸人の中には、すでに老ペー文を読めない人も出てきています。

 

本来、老ペー文は歌詞の「音」を書き記すための方法です。こうした大本曲などの歌とその歌詞を書き記す伝統が消滅すれば、老ペー文は残念ながら、その役割を終えることになるでしょう。

 

東海大学 立石謙次

 

*写真は、すべて著者撮影のものです。無断転載を禁止いたします。

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